【ミステリーレビュー】双頭の悪魔/有栖川有栖(1992)
双頭の悪魔/有栖川有栖
有栖川有栖による"学生アリスシリーズ"の第三弾。
タイトルの趣向は少し変化が加えられたものの、第一弾、第二弾と同じくクローズドサークルによるフーダニットという基本線は同じ。
ただし、本作には動機やトリックといった要素も付加されていて、いよいよ新本格ミステリの要素、全部盛りといったところである。
前作からの流れを受けて、心に傷を負い木更村に身を寄せていた有馬麻里亜を迎えにいくため、木更村に隣接する夏森村へと向かう英都大学推理小説研究会のメンバーたち。
木更村は芸術家を育成する目的で作られた、いわば私有地で、余所者と関わりを断絶している陸の孤島。
有栖たちは潜入に失敗し、夏森村に追い返されるが、唯一、中に入り込むことに成功した江神部長は、麻里亜の説得に成功する。
しかし、そこで悪天候による鉄砲水で木更村に繋がる唯一の橋が落ち、土砂崩れにより夏森村も孤立してしまうという二重のクローズドサークル状態に。
木更村の江神、麻里亜と、夏森村の望月、織田、有栖とで連絡が取れない状況下で、それぞれ、殺人事件が発生してしまうという筋書きだ。
言ってしまえば、ふたつのシナリオが同時並行的に進行していくことになり、ボリュームは満点。
お約束となった"読者への挑戦"も、木更村の事件、夏森村の事件、そしてふたつの事件を繋ぐ真相、3つも挿入される気合いの入りっぷりで、その文量の多さ故に読むのを後回しにしていたことを後悔させる充実度であった。
3作目にもなると、登場人物が確固たるキャラクター性を手に入れており、魅力は倍増。
有栖と麻里亜が別行動となるため、青春ミステリー的な要素は薄れたが、探偵役の江神が手の内を最後まで明かさないタイプであることを踏まえると、木更村サイドの視点人物として麻里亜の存在は必要不可欠であった。
このプロットが頭にあって、シリーズ前作「孤島パズル」にヒロイン・麻里亜を登場させたのだとしたら、頭が下がる。
その意味では、本作単体でも十分楽しめるが、前作を先に読み、有栖と麻里亜の微妙な距離感を掴んでおいた方が、より世界観にのめり込みやすいだろう。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
純粋にロジックのみで犯人を突き止める第一、第二の挑戦については、"学生アリスシリーズ"の王道。
わかった、わからなかったに関わらず、真相が解明していくカタルシスはたまらない。
特に、第二の挑戦は、江神が不在の中、望月、織田のコミカルな会話の中から、有栖のひらめきによって真実を導き出す展開で、熱いことこの上なし。
慎重派の思慮深い探偵と、前のめりのドタバタトリオのコントラストも、大長編を飽きさせずに読ませるアクセントになっている。
第三の挑戦に関しては、物語を締めくくるために少し強引になった感は否めないかな。
極めて難しいふたつの交渉を、あのタイミングで同時に成立させていたなんて、実際には難しいだろうし、その割に第三の殺人にはあっさり自らの手を染めたのも、短絡的な印象を受けてしまう。
とはいえ、犯人はこの人しかいない、と見破るロジックは見事で、納得せざるを得ないからズルいのだ。
2つの事件が、実は繋がっていた。
読者のメタ視点ではうすうす気づくであろう事実だが、明瞭にプロセスが説明されるインパクトは大きく、クライマックスにはふさわしい種明かしになっている。
犯人が自殺するという結末が、前作と同様だったのが惜しい。
前作で犯人に自殺をさせてしまった経験から、それを止める立場に回ることで成長を示す、なんて展開があれば、江神部長の魅力がもうひとつ輝きを増したと思うのだが。
これも時代感、あるいは王道の結末ということなのだろうか。