【ミステリーレビュー】最後のトリック/深水黎一郎(2014)
最後のトリック/深水黎一郎
2007年に「ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!」として発表。
後に「最後のトリック」と改題された深水黎一郎のトリッキーなミステリー。
ミステリー界において枯渇しきった"意外な犯人"。
最後の禁じ手として残されているのは、"犯人は読者"というパターンであろう。
新聞小説を執筆中の作者に、香坂誠一という人物から「"読者"が犯人になるトリックのアイディアを、二億円で買ってほしい。」という手紙が届く。
究極のトリックが気になって仕方がない作者と、徐々に明らかになっていく香坂誠一の人物像。
果たして、読者は「犯人は私だ」と納得できるのだろうか。
"犯人は読者"という答えがわかっている中で読み進めていく、少し異質な作風。
メインは、作者に送られた香坂誠一からの手紙と、それについてくる私小説。
サブ要素として、作者自身が超心理学の実験に立ち会ったり、保険のセールスレディとのやりとりがあったり、という日常パートが挟まってくる構成である。
ネタバレを避けて語るのが難しい作品ではあるが、途中から様相が変わり、種明かしに向かっていく終盤は、続きが気になって仕方ない。
もっとも、トリックの結末について、「なるほど」とは思ったけれど、「犯人は私だ」とまでは没入できなかったかな、というのが本音。
解説は丁寧、文章もシンプルで読みやすいのだが、オチが好みかどうかで評価が決まると言っても良いであろう内容のため、やや尻すぼみの印象ではあった。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
超心理学の実験により、超能力を完全には否定しない、という世界観を示しているとはいえ、オチに超科学的な特殊体質を持ってくるのは、ややアンフェアな気はしてしまう。
地の文で嘘は書かない、という叙述トリックの基本は忠実に守っており、確かにヒントは散りばめられている。
作者と香坂誠一は親友だった、というのも、納得せざるを得まい。
とはいえ、肝心な"読者による殺人"については、突然出てきた設定に全部持っていかれた感が。
せめて、ラブレターのくだりは、最終パートではなく、もっと序盤のくだりで挿入していたほうが、伏線として効いたのでは。
長々と書かれた私小説がほぼブラフだっただけに、ちょっと出し惜しみしすぎたのかな、という気にもさせられた。
一方で、作者が手掛けている新聞小説こそ、この「最後のトリック」だった、という点は見事であった。
それまでに、こいつが怪しいぞ、と推測するきっかけとなるような言葉のアヤがあったとしても、この設定でひっくり返されたら、ほぼ解消されてしまう。
一気に景色が変わるゾクゾク感。
解答編に入る合図としても機能していたのかと。
ただし、ここにフィルターをひとつ入れてしまったことで、いまいち没入できなくなったのも事実。
劇中劇を外から見ているような感覚では、「犯人は私だ」とはならないよなぁ。
誰も達成できていないトリックに正当性を、というチャレンジは評価すべきだし、文章としてはすいすい読めて面白かっただけに、乗っかることができなかった自分に残念。