【ミステリーレビュー】クローズドサスペンスヘブン/五条紀夫(2023)
クローズドサスペンスヘブン/五条紀夫
新潮ミステリー大賞最終候補となり、いきなり文庫本でのデビューとなった五条紀夫の新感覚ミステリー。
あらすじ
俺は、間違いなく首を切られて殺された。
しかし、気がついたら目の前にはリゾートビーチと洋館。
そこにいたのは、自分も含めて記憶を失った男女6人。
新聞の情報などから判断するに、現世で惨殺された6人が真相を知るために残留思念となって自らが殺された天国屋敷を再現しているらしい。
自分は誰なのか。
誰に殺されたのか。
真相に辿り着くまで成仏できない正真正銘のクローズドサークルで、"ヒゲオ"こと俺は、自分が死んだ理由に迫っていく。
概要/感想(ネタバレなし)
「そして誰もいなくなった」のオマージュ作品は、これまでにいくつも作られているが、冒頭から「もう全員死んでいる」となると、また話は変わってくる。
この物語においては、生者が一切登場せず、事件に関係する死者だけが存在。
ある種、騙す余地の少ない特殊設定であるものの、その中で、いかに設定以上の驚きをもたらせるかが腕の見せ所だろう。
登場人物は、全員とっつきやすく、コミカルに描かれている。
"この中に殺人犯がいる"という状況下は、一般的なクローズドサークルであれば疑心暗鬼のタネになるのだが、記憶もなければ既に死んでいる大前提。
議論が停滞したら遊びに行こうぜ、となる軽さが本作の世界観を印象づけている。
毎日届く新聞によって、少しずつ明らかになる事件の概要や、願うものが取り出せる納屋を上手く使って真相に迫っていくギミックなど、ミステリー小説というより、本格ミステリーにファンタジー設定を取り込んだゲームのような雰囲気も良し。
探偵役故に冗長に喋ったり、突っ込みが多くなりがちな視点人物・ヒゲオが、良い感じに浮いていてウザがられているのも痛快だ。
軽いからと言ってプロットが雑ということは決してなく、ルールさえ理解すれば十分に推理は可能。
そして、ラストシーンは美しさすら感じられた。
全員が死んでいるという設定の中で、誰も死んでほしくないミステリーを完成させてしまうのはズルいでしょ。
総評(ネタバレ強め)
マンネリになってきたところでのカンフル剤となるのが、国沢秋夫の介入であるが、ここは解釈が分かれそうだ。
結局、この世界で生きようと思わなければいつでも死ぬことができる、というのを示唆したのだと思うが、そもそも真相を追い求めてはいない彼が6人の残留思念の中で自由に振る舞えたのは何故か、どうして彼はこの世界での理を認識できたのか、などを踏まえると、個人的にはもやもやが残る。
ただし、彼の登場によって、現世での遺体発見=天国屋敷での実態を持つということが確定したので、推理のヒントとしては大いに重要。
納屋をギミックとして使うワクワク感もあり、盛り上がりのピークを生んでいた。
犯人については、もう少し伏線が張られていてもよさそうだけれど、いかんせん、ヒゲオが信用できない語り部として完璧すぎる。
そもそもが記憶喪失であるので、自分が真犯人でしたというオチがつけやすい設定。
推理をすればするほどに自分にブーメランが返ってくる胡散臭さと、俳優だったことを暗示する立ち振る舞いは、いかにも犯人向きだった。
彼の影に隠れて、真犯人が当の想い人にまで忘れられてしまっているのはなんとも切ないが、視点人物をミスリードに使ってしまうアイディアは斬新だったと言えよう。
一方で、メイド=ハルというのは、易しかったがフェアでもあった。
序盤の新聞記事で、男性2名の遺体が見つかった段階では"無理心中"と処理されようとしていたと語られており、事実上、それはそのまま真相である。
そう考えると、男性のどちらかが女性として天国屋敷に来ていてもおかしくはないよな、というところまでは至れるのでは。
ヒゲオやオジョウのように、外見や年齢まで自由自在とは思わなかったが、残留思念となれば主観的な姿で実態化していてもおかしくはない。
国沢秋夫の"新聞記事で嘘は書かない"というポリシーも、あながち誇張ではなさそうだ。
悲壮感や重厚な空気は一切ないが、死を受け入れてひとりずついなくなっていくラストシーンだけは、少し物悲しい。
記憶を完全に思い出しているわけでもないようで、だからこそ現世に残した未練などを想う侘しさや悔しさとはかけ離れた心境になっていて、もしかすると理想の終末なのかもしれないが、死後の想い出だけで成仏するというのもなんだか寂しいな、とも思ったり。