【ミステリーレビュー】N/道尾秀介(2021)
N/道尾秀介
読む順番により、720通りの読み味が楽しめる道尾秀介の実験作。
内容紹介
解説/感想(ネタバレなし)
6つの章で構成された物語。
各章はどの順番で読んでも構わない、ということで、計算すると720通りのパターンが存在するとのこと。
そうは言っても、1ページ目から順番に読む人が大半でしょう、なんて考えながらページを開くと、最初の章からページが上下反転していて驚かされた。
ランダム性を担保するために、奇数章は上下反転。
背表紙側から読ませるような作りになっているので、それでも1章から読む人が多いのだろうけれど、本当にメインルートは存在しないのだな、と実感することになる。
この試みをはじめて知ったとき、率直なところ、あまり読みたくないなと思ってしまった。
実際に720回読み直すなんて出来るわけがない。
網羅できないマルチシナリオって、かえって興を削がれるのよね、という。
結局、サイン本につられて読んでみることになったのだが、その懸念は2章ほど読んだところで解消される。
何も、マルチエンディングというわけではないらしい。
構成としては、それぞれが独立して完結する連作短編。
だが、それぞれの作品に登場人物だったり、拠点としている地域だったり、共有している出来事だったりという関連性があって、最初に読めば謎の人物として登場することになるキャラクターが、最後に読めば前作の主人公がスピンオフ的に登場してくるという胸熱な展開に変わったりするのだ。
例えるなら、「428 〜封鎖された渋谷で〜」や「パラノマサイト」のように、どのキャラクターからシナリオを進めても良いけれど、全体像を把握するにはすべてのシナリオをクリアしないといけない、主人公が複数いるタイプの群像劇型アドベンチャーゲームに近い感覚。
どの順番でクリアしても、1回のプレイで十分に納得感が得られるため、思った以上にすっきりした気分。
同じような誤解をしているともったいないので、そこははっきり書いておきたいと思う。
総評(ネタバレ注意)
自分としては、完全にランダムにしてしまうと混乱しそうで、通常の向きで読める章を前から順に、その次に本を逆さまにして背表紙から順に、という読み方にした。
2→4→6→5→3→1の順である。
結果として、この順で正解だったなと思うのだけれど、解説を読むと別の順番で読んだタカザワケンジ氏も同じことを言っていたので、本当にどの読み方でも納得感が得られるのだろう。
その正体は、氏の解説にも記載されているのだが、叙述トリックの張り巡らせ方が巧みであること。
叙述トリックに対して、別の章にそれがトリックだと気付くトリガーが潜んでいるのだが、逆に読んだ場合、もう説明が済んでいるので自然に文章が流れていく。
よほど注意深く読まない限り、この叙述トリックに騙されたかった!と気付くことはないので、失敗したとも思わないのだ。
その意味では、僕の読み方だといくつかトリックを見逃していることになるのだが、解説を読まなかったら、おそらく一生気付くことはなかったもの。
もう一度、記憶を消して読むとしたら、2→4→1→5→3→6の順かな。
第1章と第6章を入れ替えただけだが、自分としてはこの並びがしっくりくるなと。
時系列を踏まえると第4章を第2章の前に持ってきても良いのだが、必ずしも胸がすく話ばかりではない本作。
第2章のラストが印象的で、光に向かって作品を引っ張っていった感があったので、またこれを最初に読みたいかな。
本という媒体の新しいあり方に挑戦した1冊だった。