【ミステリーレビュー】ハサミ男/殊能将之(1999)
ハサミ男/殊能将之
1999年にメフィスト賞を受賞した殊能将之のデビュー作。
女子高生が、ハサミを首に突き立てられた死体で発見される連続殺人事件。
"ハサミ男"の通称が付いたシリアルキラーである主人公が、3人目のターゲットを殺害しようと実行フェーズに移したところで、模倣犯にターゲットを殺害された挙句、死体の第一発見者になってしまう。
模倣犯の正体をつきとめようと主人公の視点と、今回の犯行も"ハサミ男"によるものという前提で捜査を進める警察側の視点が、交互に切り替わりながら物語は展開されていく。
リアリティよりもシナリオの面白さを重視した設定であるが、これにより、殺人犯の心境を追体験するサスペンス要素と、謎を解き明かしながら真犯人に迫っていくフーダニット系ミステリーの要素、双方が楽しめるという寸法だ。
もっとも、シリアルキラーとしての演出もあってか、一部の感情が欠落した"ハサミ男"の思考があまりにぶっとびすぎていて、サスペンスとしてのハラハラ感は少し薄まっているか。
行動中の妙な冷静さはシリアルキラーの特性である、というこだわりなのだとしても、せっかく主人公が大胆な行動をとっているのに読んでいてあまりドキドキしないのは、なんだかもったいない気がしてしまう。
なお、本作の肝となる"ひっかけ"の部分については、20年前の作品ということを考慮しなければいけないだろう。
2段構えの驚きが待っている最後の山場は、素直に引っかかることができれば、なかなかの衝撃度である。
一方で、現代において、ある程度のミステリーを読んでいる読者層であれば、容易に看破できてしまう使い古された手法。
多分、こういうひっかけがくるぞ、と予感した通りに話が進んでいくので、特に"ハサミ男"パートの丁寧な描写は、かえって退屈に感じてしまうかもしれない。
警察パートについては、キャラクター的にも能力特性的にも、別の話も読んでみたいと思わせるチームの魅力があっただけに、陳腐化してしまう前に読んでおきたかったと後悔する作品であった。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
この作品の評価は、出会ったタイミングに寄るのかと。
ミステリー初心者が読んだとしたら、並行して張り巡らされていた叙述トリックとフーダニットの伏線が見事に回収されるラストシーンは、とにかく衝撃的なものであろう。
一方で、叙述トリックがあるかもしれない、という読み方ができるぐらい慣れていれば、主人公の名前が頑なに出てこない点と、視点が入れ替わる構成から、警察パートで定めたターゲットは、主人公と見せかけた別人である、という仮説が導き出せてしまう。
文章がどうこうではなく、20年経った今では設定だけで読み当てられるほど、ベタな手法に成り下がってしまったと言わざるを得ないのだ。
とはいえ、単純な叙述トリックによるミスリードだけでフーダニットの部分を終わらせなかった点は、さすがである。
むしろ、情報が公開されていない部分まで模倣されていることを踏まえれば、模倣犯は捜査関係者の中にいるはずだ、という単純な推理から目を逸らす役割になっていて、叙述トリックに気付けばフーダニットの部分で攪乱されるし、正攻法で推理してしまうと、叙述トリックに騙される。
どちらか片方のネタがバレてしまっても、真相には一歩届かないというもどかしさが、もう一度最初から読みたくなる作品と言われる所以であろう。
日高が主人公を自宅に呼びつけるに至るまでの理由付けや、樽宮由紀子の行動の背景など、納得に足る説明がなかった部分もあるにはあるが、二転、三転するラストの盛り上がりが最重要と考えれば、テンポを維持する観点から早足になるのはやむえずか。
ひとつ注文を付けるなら、"医師"の立ち位置はどこに置きたかったのか、もっと丁寧に書くべきであったかと。
"ハサミ男"のもうひとつの人格であることはバレバレなのだが、どうも隠し玉にしたかったきらいがあり、もったいぶって登場したときの今更感が物凄かった。
それであれば、主人公が"ハサミ男"であることを知っている理由や、明らかにひとりでいる時間帯に面談を行っていることについて、実在する人間として説得力を持たせる理屈を示しておくべきだったのでは。
兎にも角にも、わかっちゃう。
この辺りの"新時代の古典"になりつつある作品は、押さえておきたい気持ちはあるものの、ミステリーファンの常識として嗜むぐらいの割り切りを持って読まないといけないフェーズなのかもしれないな。