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【ミステリーレビュー】ホテル・ピーベリー/近藤史恵(2011)

ホテル・ピーベリー/近藤史恵

2022年になって新装版が発表された、近藤史恵の長編ミステリー。


あらすじ


とある事情で仕事を辞めた木崎淳平は、友人の勧めでハワイ島を訪れる。
宿泊先は、日本人夫婦が経営する小さなホテル、「ホテル・ピーベリー」。
想像していたハワイのイメージとは大きく異なる表情豊かなハワイ島を満喫しようとした矢先、ホテルの客のひとりがプールで溺死。
死亡者が出たことを受けて他のホテルに移ろうとしたもうひとりの客も、バイクで事故死してしまう。
"リピーターお断り"という特殊なルールがある「ホテル・ピーベリー」と、それぞれの客がついている嘘に隠された真相とは......



概要/感想(ネタバレなし)


リゾート地で巻き起こるミステリー、ということではあるのだが、淳平が何か心の傷を負っていることが示唆されており、解放的というよりも内省的なイメージを強く受ける作風になっている。
読みどころは心理描写、と言わんばかりに丁寧に感情の動きが綴られているので、良い人でも悪い人でもない、ときに矛盾を孕む人間の行動原理がよく表れているのでは。
ミステリーというフォーマットにはなっているものの、淳平という主人公を視点とした人間ドラマとしても受け取れるのが特徴的だ。

そのため、謎には直結しないシーンの描写も多く、主人公はあくまで自分のリズムを崩さない。
過剰に探偵役としての使命を燃やすこともないので、ヒントになりそうな情報を得る機会があっても行動に移さなかったり、感情に流されて駆け引きを放棄したりも。
ミステリーとしてのテンポは、必ずしも良いとは言えないし、放りっぱなしの設定があるのは事実であろう。
しかし、それが弱みではなく、魅力になっているのが著者の技量。
この手の物語では二の次となりがちなリアリティを最後まで纏っていて、すべての人間がプログラミングされたかのように合理的な選択をする本格ミステリーの前提とは一線を画しているのである。



総評(ネタバレ注意)


事件が発生するまで、じっくり時間をかけて人間関係や舞台設定を描写。
いよいよ死体が発見され、これから急展開になるか、と思いきや、それ以降もそんなにジェットコースター的な展開にはならず、全体的に温度感が一定。
一気読み必至、と帯にはコピーが書いてあるも、ページをめくる手が止まらないというタイプの物語でもなかったかな。

何でもない買い物のシーンや、観光に行くシーンにもページを割くので、何かトリックのヒントや犯人に繋がるコメントがあったりしそうなものなのだが、これもブラフだった。
いや、淳平と和美の恋愛感情を描くには必要となるシーンではあるので、作品上はブラフというのもおかしいのだが、メタ目線で勝手に深読みしてしまう悪い癖。
素直に読むのが吉である。
ただし、"このホテルの客はみんな嘘をついてる"という煽りが躍っているのだから、淳平が信用できない語り部である可能性が頭をよぎったのは僕だけではあるまい。
その意味では、淳平の後ろ暗い過去が、事件とまったく関係がなく、単なる淳平の人格形成の背景にしかなっていなかったのが肩透かし。
和美か洋介のどちらか、あるいはどちらもが偽物というのは難なく想像できてしまったので、もうひと盛り上がり、どんでん返しがあってほしかったのだが、期待しすぎてしまっただろうか。

非現実を楽しむリゾート地を舞台に、生々しさを剥き出しにしたエピソードという取り合わせが、斬新な世界観を生んでいる作品。
これだけ色々な謎が複雑に絡み合っていそうな設定で、実は大ネタ1本で正面突破というスタイルだったのが、盲点を突いた感もあり、もっと上手く料理できたのではというもやもやを残しつつ、ご都合主義ではない現実的な采配という点で徹底していたなと感心するのである。

#読書感想文

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