【ミステリーレビュー】氷菓/米澤穂信(2001)
氷菓/米澤穂信
今や直木賞作家となった米澤穂信のデビュー作。
あらすじ
何事にも積極的に関わらない"省エネ主義"の折木奉太郎は、高校入学と同時に、姉の命令で古典部に入部することに。
そこで少女・千反田えると出会ったことがきっかけで、彼女の伯父が関わったという三十三年前の事件の真相を調査することになる。
<古典部>シリーズの、記念すべき1作目。
概要/感想(ネタバレなし)
神山高校の古典部に所属する奉太郎と、えるを中心とした、"日常の謎"系ミステリー。
アニメにドラマ、コミックにもなっている人気作となり、意識せずとも設定が耳に入ってきたりはするので、いつか読もうとは思っていたものの、もう20年以上前の作品になってしまったのかと、重い腰を上げた形だ。
<ベルーフ>シリーズの「さよなら妖精」が、もともとは本作の派生として描かれる予定だったというのは、読んでみて納得。
さわやかさの中に、ほんのり苦味が混じる作風に、確かに近いものを感じる。
もっとも、「さよなら妖精」を別シリーズとした理由も、妙に理解できるのだが。
実質的に、短編連作のような形式で進行。
奉太郎が、海外を飛び回る姉からの手紙をきっかけに古典部に入部してから、夏を経て文化祭の準備が本格化するまでの数ヵ月。
探偵役として見事な洞察力を発揮しては、他の部員からの信頼を得るまでの過程を描いている。
序盤は、密室だった教室にえるが侵入できた謎、毎週決まった日、決まった時間に貸し出される図書室の本の謎、あるはずの文集をないと言い張る不審な壁新聞部員の謎...…と、1話完結的に小謎を解決しては地盤を作り、後半は、本作のメインテーマとなる古典部の文集「氷菓」と、えるの失踪した伯父・関谷純とを繋ぐ33年前の事件の謎に迫っていく構成。
全体でも200頁程度と、非常にコンパクトではあるのだが、キャラクターをイメージしやすくしてから、本題に入って物語を動かしていく、というメリハリが見事であった。
奉太郎について、"省エネ主義"と称して傍観者になろうとするも、なんだかんだで青春を謳歌している感じに、とてもリアリティがあるなと思うのは僕だけだろうか。
他のメインキャラ3人が、個性を強調したキャラクターらしいキャラクターだけに、彼の斜に構えてかえって平凡さが増している感じが、なんとも憎めないのである。
総評(ネタバレ注意)
良い意味での正統派。
過剰などんでん返しを用意するわけでなく、ドラマティックなラストシーンを演出するわけでもなく、淡々と事実が浮かび上がってくる。
真相はわかっても、現実は変わらない。
この影響力の小ささこそ、本作の魅力だったりするのかもしれない。
直接的な怒りや悲しみは描かれていないが、その佇まいに、無力感を意識せずにはいられないのである。
強いて言えば、掴みとなった密室の真相が、ミステリーとしては弱すぎるのがもったいない。
それを答えにするにしても、足元の作業音に気付く耳を持つえるが、部室の施錠の音に気付かなかった理由にも納得のいく説明が欲しかったというか、いかにも噛ませ犬的なキャラが繰り出して、名探偵に即否定されそうな推理だな、と思ってしまった。
部室として教室を割り当てている学校において、この施錠スタイルをやり続けたら、いつか事故るでしょ。
とはいえ、キャラクター本人より、"部活"を掘り下げていくという試みは興味深く、シリーズものではあるが、単体としても完結している感があるのも絶妙だ。
現代のライトノベルと比べると、やや文章がかたい感触ではあるものの、読みやすさは十分だろう。
関谷純に対して少し残っているモヤモヤはあるが、この先へのロングパスになっていたら更に面白いのだけどな。
続編はまた趣が変わってきたりしているのだろうか。
読んで確かめてみるべきか。