【ミステリーレビュー】黄土館の殺人/阿津川辰海(2024)
黄土館の殺人/阿津川辰海
館四重奏シリーズの第三弾となる阿津川辰海の長編ミステリー。
内容紹介
解説/感想(ネタバレなし)
シリーズ名は、"館四重奏"となったようで、"地水火風"の4元素と"春夏秋冬"を組み合わせて、クローズドサークル環境下での館モノを描くとのこと。
夏の山火事をモチーフにした「紅蓮館の殺人」、秋の水害をモチーフにした「蒼海館の殺人」に続いて、冬の地震がテーマとなる「黄土館の殺人」。
最終巻は春の風害となるはずだが、どのように締めくくるのか気になるところである。
さて、今は第三弾となる「黄土館の殺人」。
元名探偵の飛鳥井から結婚の知らせが届いた葛城と田所。
何かが起こりそうな悪い予感がすると助けを求める飛鳥井に対して、因縁のある葛城は"助けはしない"と言い放ちつつも現地に向かう彼ら。
変人の多い中で、コミュ力の高い常識人として書かれている節のある三谷だが、彼が登場したのは「蒼海館の殺人」以降。
会ったこともない飛鳥井の婚約披露の席についていく彼もまた、メンタルがぶっ壊れているのだと思う次第だ。
地震によって発生した土砂崩れにより、葛城は飛鳥井のいる荒土館に辿り着けず、田所・三谷と分断されてしまう。
一方で、荒土館での殺人を目論んでいた小笠原もまた、目的地に辿り着けず、立ち往生していた。
そこで、顔の見えない女性から交換殺人を持ちかけられて、物語は動き出す。
彼女もまた、殺人のために街に出ようとした矢先、土砂によって道を阻まれてしまったと言うのだ。
分断された主人公パーティーが、それぞれ殺人事件と遭遇するのは「双頭の悪魔」がモチーフか。
本人がミステリーマニアであることも知られる著者ならではのギミックが盛沢山で、読む前は分厚さに怯んでいたが、いざ読んでみるとあれこれと小ネタもあって、一気読みしてしまう勢いがあった。
序盤は、交換殺人を行おうとする小笠原と、名探偵・葛城との攻防。
中盤でメインパートである田所・三谷が巻き込まれた連続殺人事件の顛末。
双方が結びついたところで待っている解決編と、大きく分けて三部構成になっている。
頑なに探偵として振る舞おうとしない飛鳥井の煮え切らない態度や葛城たちとの因縁、「紅蓮館の殺人」の舞台設定など、前作までを読んでいないと置いてきぼりになる部分は否めないので、出来ることなら順番に読んでいくことをお勧めしたい。
館モノとしての要素を更にぶち込んだ結果、メタ解きできてしまい、難易度がだいぶ下がっていたのは皮肉だが、それも含めて、名探偵へのアンチテーゼを投げかけるこのシリーズらしい作品と言えるのかもしれない。
総評(ネタバレ注意)
ミステリー読みであれば、事件が発生する前から犯人がわかってしまったのでは。
登場人物一覧に年齢を表示するなら、もうひとり、ふたり、小笠原の同級生を作っておくか、年齢は表記上から消しておく必要があったと思う。
小笠原が殺人に成功していたらイヤミスルート、失敗したら犯人確定、という状況になっているので、ミステリー初心者ならともかく、著者の小ネタを拾えるレベルの読者を前提にするなら、もうひと捻り欲しかったか。
とはいえ、小笠原を視点人物にした第一章も、それはそれで面白い。
倒叙モノではないのだけれど、倒叙モノかと誤解するくらいに追い込まれる小笠原。
事件が発生しないことには活躍できない名探偵の存在意義について、事件を未然に防いで見せる、という葛城の奮闘は十分にアンチテーゼとなるだろう。
第二章は、名探偵不在の状況下で万年助手の田所がいよいよ探偵役に。
飛鳥井が探偵の座を固辞するため矢面に立つことになった田所が、復旧後に葛城の推理に役立てるために残した手記として物語が展開されていく。
殺人の発生数やトリックの数でテンションが上がるミステリー読み。
5人の死というのはシリーズ最多と思われ、大盤振る舞いといった趣向だ。
全滅エンドすら頭をよぎる。
第三章にて、飛鳥井がようやく復活。
葛城も加わり、真の解決編へ、と雪崩れ込むのだが、動機だけがわからないという葛城と、動機からメタ解きした読者では、勝負にならないか。
もとより、名探偵の概念がかなり重めに設定されている本作。
飛鳥井と葛城のわだかまりの氷解が目玉になってくれればいいのだが、作品構造からわかってしまう犯人と、館モノに登場しがちなバカミススレスレのギミック、更には偶然の要素も多分に含まれていて、やや不完全燃焼な謎解きになってしまった感。
読みやすく、面白くないとは言わないものの、過去作品と比べるとパワーダウンは否めないだろうか。
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