【ミステリーレビュー】グラスバードは還らない/市川憂人(2018)
グラスバードは還らない/市川憂人
1980年代のU国を舞台にした、マリア&漣シリーズの第三弾。
さて、これは一体、何ダニットなのだろう。
第一弾と同じく、"そして誰もいなくなった"システム。
誰が殺したかはもちろん、どうやって殺したか、なぜ殺したか、すべてが不明のまま、サスペンス風の空気を纏って終盤までもつれ込む。
伏線も多く、難解度は過去最高と言って良いのでは。
希少動植物密売ルートの捜査で、不動産王ヒューが所有するタワーへの潜入を試みるマリアと漣。
しかし、タワー内の爆破テロに巻き込まれ、ヒューと対面することができないまま、マリアと漣は分断されてしまう。
他方、ヒューに招かれていた共同開発プロジェクトの関係者四人は、気が付くと、ヒューに雇われたメイドであるパメラとともに、特殊な構造のフロアに閉じ込められたことに気づく。
研究中の新技術により、灰色だった壁が透明なガラス張りに変貌すると、関係者のひとりが別の部屋で血まみれで死んでいた。
すべてが見渡せる隠れるところのない迷宮から、犯人と凶器はどこに消えたのか。
マリアと漣の視点で描かれる"タワー"の章と、閉じ込められたセシリアの視点を主に描かれる"グラスバード"の章を交互に行き来して、事件の真相に迫っていく構成になっている。
1980年代が舞台とはいえ、シリーズ内に登場する新技術は引き続き踏襲したパラレルワールド的な世界観。
ジェリーフィッシュは飛んでいるし、ブルーローズも密売されている。
それらが推理の前提となっている部分もあるので、フェアかアンフェアかの議論はありそうだが、作品を重ねるごとに世界が重層化していくのが本シリーズの醍醐味となっているのは間違いない。
単体でも面白い作品だというのは言っておくとして、1作目から読んでいるほうが堪能できるだろうな。(少なくとも、ジェリーフィッシュが何か、というのは知っておく必要があるのかと。)
設定が細かく、謎も多く散りばめられている分、真相に近づいていくカタルシスは物凄い。
ラストシーンも印象的だ。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
設定としては、第一弾に近い。
クローズドサークルの中で、視点人物が最後に殺される"全滅"エンド。
マリアたちは、残った結果から真相を究明しなければいけない。
第一弾では、そのため、マリアたちの活躍が控えめに映った節があるのだが、本作では、テロに巻き込まれて当事者感を増すことで、むしろ活躍した印象を強めている。
きちんと課題を解消してきたな、というのはポイントが高かった。
トリック面では、第一弾における死亡者を誤認させるトリックと、第二弾における時系列を誤認させるトリックの組み合わせとも言えるのだろう。
それに加えて、叙述トリックはどこかにあるのだろう、という過去作品の経験もあれば、プロローグを受けて"硝子鳥"の正体は推測できた。
もっとも、だからとって真相に辿り着くにはまだ遠い。
悔しいなとは思うのだけれど、いや、これがわかる人いるのかよ、というお手上げ感もある。
だって、合計、6人の殺人者がいるということだもの。
共犯者がいるだけでも難解さは増すのに、疑心暗鬼の中で返り討ちの連鎖が行っているとは。
極めつけは、光学迷彩の布。
これが作中の新秩序に加わったら、もう何でも出来てしまうじゃない、と突っ込みたくなるが、ヒントは出されていたと言われれば返す言葉がない。
とはいえ、読ませ方は十分。
サスペンス性のあるゾクゾク感が帰ってきた感があり、どんでん返しも見事。
ある程度推測できるようにしておいて、その想像の斜め上を突いてくる展開の巧さには、まだこの構成で出来ることがあったのか、と驚かされること請け合いである。