15/08/2020:『You Still Believe In Me』

本当に暑い日だった。

サービスエリアの駐車場には大小問わず車がひしめき合っていて、やっとの事で空いたスペースを見つけた。正確には、ちょうど目の前で一台の車が出るところだった。

「あ、出るよ。ストップ。」

と、彼女が教えてくれたから見つけられたのだけれど。

無事に家族連れのSUVがスペースから抜け出した時、運転席のお父さんは手前で待っていた僕らに軽く礼をしてくれた。

「いえいえ、礼を言うのは僕らの方です。」

と、目で伝えながら僕らも頭をちょこんと下げた。

「ブラインド、つけてく?」

と、彼女が聞いた。日差しはかなり強い。

「そうだね。せめて前だけでも。」

僕らは2人でガサゴソとフロントグラスを覆った。

車を出ると空からの照りつけと地面からの熱気で、思わず顔をしかめるほどの暑さだった。それでも山間のサービスエリアは、緑色と空の青がちょうどしっくりくるバランスで夏の上に成立していたから、まぁ悪くはないと思った。

階段を登っていく。同じようにして登っていく人もたくさんいるが、逆に降りていく人たちはアイスクリームやフランクフルトを持っていたりして、みんなこれからまたどこかへと出発することに非常にポジティブであることが見受けられた。かといって、登る僕らが後ろ向きであるかと言えばそうではなく、涼しい屋内に向かいながら心は高まっていた。

お母さんに手を引っ張られながら小さな子供が一生懸命階段を大股で登る。汗でおでこに張り付いた柔らかい髪の毛が、夏の日差しの下で僕を少し優しい気持ちにさせてくれた。

                 ・・・

夏休みになるといつもとは違う生活サイクルになる。夜は少しずつ夜更かしになっていくし、その分朝は短くなる。日中思い切り遊んで夕方家に帰ると、そのままシャワーを浴びる。いつもよりもゆっくりと夜ご飯を食べていると、1日が早く過ぎてしまったという寂しさと、でも明日もまた同じように繰り返されるという安心感がせめぎ合った。

夜、自分の部屋にこもって本を読んでいた。仏間の書棚にある父が学生時代から集めていた無数の文庫本には、たまに書き込みのあるものがあって、それが父によるものなのか、あるいは古本屋で買った時からのものかわからなかったけど、とにかく僕が読む前には誰かが読んでいてー少なくとも父がー、その後を追うように毎晩夢中になって読んでいた。

「おう、今なに読んでんの?」

と、夜中に父が部屋を覗きにくることがあった。表紙を見せると、

「お、それか。悪くないね。」

と、言い残してそのままトイレへと行くと、また戻ってリビングでお酒を飲んでいた。

北国の夏は、夜が少しだけ涼しくて、網戸にしているだけでもちょうどいい具合に風が入ってくる。車の通らない時間帯には町の音は完全に消えてしまって、その代わり、鈴虫がりんりんと鳴くのが聞こえた。メトロノームを使ってバンドメンバーがしっかりとリズムを取っているかのように、一斉に鳴き始めて、そして同時に鳴きやんだりした。

そんな時は、よくベッドで仰向けになったまま本を胸に置いて、目を閉じた。

はっきりとは覚えていないけれど、なんとなくそんな静かな夜のことと、鈴虫の鳴き声のことと、そして、例えばこのまま毎日が過ぎていったその先のことを考えていた。

でも、夜はいつまでもゆっくりと流れているようだった。

                ・・・

左手奥にトイレがあったので、彼女は、

「ごめん、先入ってて。」

と、そのまま中へと消えていった。

「謝ることじゃないさ。」

と、思いながら僕は1人自動ドアをくぐった。

フードコートはほとんど満席で、ブザーを持ちながら料理を待っている人たちで溢れている。調理場のおばさんたちは一糸乱れぬコンビネーションで動いている。料理を作ったり、洗い物をしたり、お盆を受け渡したり。

壁に貼られた料理の写真を眺めながら、僕はなにを食べようか考えた。

「わ、やっぱり人いっぱいだね。」

彼女がハンカチをしまいながらやって来た。席が空くまで、お土産コーナーを冷やかそうと、僕らはそのまま奥へと進んでいった。

キーホルダーが何十本もかけられているキャスターや、真空パックされた漬物の袋、派手なイラストの箱に入った煎餅など、言ってしまえば予想の範囲内に安心して収まるようなラインナップで、何周か見てみたものの特に食指が動くものはなかった。

「なんか、もうアイスクリームとか食べちゃおうかなー。」

と、彼女が外へ行きかけた。でも、その時、「あっ」と言って違う方へと歩き出した。

鈴虫が大きな水槽に入っていた。

透明なアクリルケースは、立派な家庭にあるTVくらいのサイズで、その中にできるだけ自然を再現するために土や小石、ちょっとした丸太や苔なんかがセッティングされている。

彼らはその透明な世界でりんりんと鳴いていた。木の影に隠れていたり、石の上に乗っかっていたり、スタイルはそれぞれだったが、みんな明るい照明と涼しいクーラーの風を受けて鳴いていた。

「初めて見たわ、鈴虫。」

彼女は都会育ちだから、見たことがなかったらしい。僕はそれを初めて知った。

「あなたは?見たことある?」

と、彼女が振り返って聞いた。

僕はまだ実家にいた頃の夏を思い出した。部屋で本を読みながら夜の風に漂っていた時間と、一斉に鳴く鈴虫たちの音。ドアから覗く父の顔と仏間の畳の匂い。

「たくさん音は聞いてきたけど、見たことはないかも。」

と、僕は答えた。

そして彼女の横にしゃがみ込むと、一緒になって少しの間、彼らの姿を見ていた。

「実家の僕の部屋からはもっとたくさん聞こえるよ。」

と、彼女に言った。

「本当?楽しみね。」

と、彼女は笑った。

自動ドアが開いたり閉まったりする度に、空気が巡回して、それに合わせるようにりんりんとまた音も鳴った。

目を閉じて暗い夜を思い出そうとしたけどここはあまりにも明るいから、瞼の裏側には白くぼんやりとした景色しか見えない。

彼女は立ち上がって、「そろそろ行きましょうか。」と言った。

僕は目を開けて、彼女を見上げると、

「うん、そうだね。」

と、言った。

また自動ドアが開い、て誰かが入って、そして出て行った。

本当に暑い日だった。

                ・・・

今日も等しく夜が来ました。

The Beach Boysで『You Still Believe In Me』。





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