【レポート×歴史小説】浅葱色の翼⑦
読者の皆様へ
『浅葱色の翼』は、新選組隊士・斎藤一と、日本の空を初めて飛んだパイロット・徳川好敏の物語です。小説と取材レポートを交互に書き進めており、基本的に偶数回が小説パート、奇数回が取材レポートとなっています。
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取材レポート
従軍、そして斎藤一との共通点
博物館の看守、藤田五郎と好敏少年の間に会話があったとすると…。
いずれ好敏は、「藤田五郎＝新選組の斎藤一」だと知ったのではないだろうか。そんな空想が膨らむ。
もしそうだとしたら、軍人として人生を歩むことになった好敏にとって、「斎藤一との出会い」は大きな意味を持つような気がする。
明治時代には日清戦争・日露戦争という大きな戦争が2つもあったが、はたして日清・日露戦争は好敏の人生においていつ頃の出来事だったのか。
結論から言うと、日清戦争時はまだ小学生であったが、日露戦争は陸軍少尉になったちょうどその頃に勃発している。
つまり、好敏は「日露戦争に従軍している」のである。
好敏が「日本初飛行」という偉業を達成するのは明治43年なので、明治37年に起きた日露戦争への従軍は、ともすると埋もれがちなトピックスかもしれない。しかし調べてみると「この従軍記だけで一冊の本として成り立つのでは？」と思うほどに、ここでの好敏は目ざましい活躍をしているのだ。
好敏の所属していた近衛工兵大隊は、軍の進路上にある障害物の排除、道路橋梁の補修架設を担った。好敏はこの任務において緻密な状況判断、的確な作業指揮を行い、司令部首脳の注目を受けるに至ったという。
ちなみに、このときに対峙していたロシア軍東部支隊とは5月1日に戦端が開かれ、わずか半日で日本軍の勝利が決した。これが、日露戦争の緒戦を勝利で飾ることになった鴨緑江会戦である。この勝利の裏に、近衛工兵大隊の活躍があったことはまぎれもない事実だろう。
そしてこの後、好敏には非常に特殊な任務が与えられることになる。
それは「情報将校」としての活動であった。
敵地を攻撃する際には、敵の兵力配備、移動状況、陣地の強度などの情報を入手することが勝敗を左右するといっても過言ではない。しかし当時は飛行機がない時代であり、偵察機による情報収集などできるはずもない。敵地の情報を手に入れるためには、斥候や偵察隊を派遣するしかなかったのである。
この非常に重要な任務を任されたのが、先の活躍で司令部首脳の目に留まっていた好敏であったという。
情報将校としての活躍は『空の先駆者 徳川好敏』に非常に詳しく書かれており、これだけでもドラマになり得るほどだ。同書によると、この当時の活動については『間諜の花』と題した好敏本人の手記も残されている。残念ながらその手記は公開されていないのだが、好敏が現地人を斥候やスパイとして教育し、彼らと寝食を共にし、敵地深く潜入して入手した情報が詳細に記されているという。
余談ではあるが『空の先駆者 徳川好敏』の著者である奥田氏は、防衛庁で情報畑にいた経歴を持っている。好敏が記した『間諜の花』は、同じ情報畑の経歴を持つ奥田氏が絶賛するほど、精緻な内容だという。
徳川好敏の人生を一言で書き記すと「日本初飛行を成し遂げたパイロット」となるが、実は情報将校としても目ざましい活躍をしているのだ。
そして「好敏が日露戦争において諜報活動に従事した」という経歴を知ると、そこにも斎藤一との「奇妙な関連性」があることに気づくのだ。
新選組から分離・独立した組織に「御陵衛士」というものがある。新選組参謀の伊東甲子太郎を盟主とした組織で、表向きは平和的な独立のようではあったが、その実情は「離反」に近いものだったと考えられる。
伊東甲子太郎の同志として新選組を離れたのは15人。この中に斎藤一が含まれており、「斎藤一は近藤・土方の指示によって潜入したスパイだった」と言われているのだ。
近藤・土方側としても、御陵衛士は事実上の離反であると気づかないわけがない。そこで斎藤一を潜入させて、内部の情報を探らせていたのである。
のちに御陵衛士は「油小路事件」と呼ばれる決闘によって壊滅し、斎藤一は何事もなかったように新選組へと復帰している。
御陵衛士の生き残りである篠原泰之進の回想では、斎藤一が屯所から忽然と姿を消したと供述しているし、永倉新八の回想録でも、御陵衛士を抜け出してきた斎藤一が乞食姿に身を変えて新選組屯所に戻ってきたとある。状況証拠として「斎藤一がスパイだった説」は事実だったと言っていいだろう。
つまり、徳川好敏と斎藤一は2人とも「諜報活動に従事した」という部分で共通しているのだ。
この2人の人生を調べていくと、どうもつながりがあるように思えてならないのである。
（⑧へ続く）
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