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親愛なる兄弟たちへ


「お父さま! 誰か来て! お父さまが! 」
お姉さ-まの叫び声で一斉に目を覚ました。午前1時、僕は起きていたけど.皆離れの座敷牢に集まって来た。元々、座敷牢に住んでいた長男の一志お兄さま、自室で寝ていた次男の次雄お兄さま、末っ子の僕、奏。メイドのハルちゃん。お姉さまの婚約者の真一さん、長女の加奈子お姉さま。
「一体、何事? 」
次雄お兄さまが聞いた。
「お父さまが死んでいる」
お姉さまが言った。次雄お兄さまは驚きもせずに、
「誰が殺ったの? 」
面倒くさそうに言った。お姉さまは畳の部屋の隅で柱に括られている、一志お兄さまを見た。一志お兄さまが裁ち鋏を握りしめて、笑っている。一志お兄さまは言葉も話せない重い障害を持っていた。
「警察に電話しましょうか」
 お姉さまが、言った。
「瓦町の城町です。父が刺されて死にました」
警察はすぐにやって来た。一志お兄さまは凶器の鋏を取り上げられたときに少し抵抗したが、連れて行かれた。
「一緒に来てください。ご家族の中に成人した方はいますか」
「私は長女です。成人しています」
お姉さまは、
「ハルちゃん、お願いするわ」
ハルちゃんにだけ言って、パトカーに乗って行ってしまった。
でも、車に乗るお姉さまを僕は見てしまったんだ。お姉さまが少し笑って恋人の真一さんと目くばせをしていたのを。お父さまが死んだ。
あの時、お姉さまは、確かに笑っていたんだ。僕も泣けなかった、次雄兄さまも泣いていなかった。次雄お兄さまは僕の手を掴んで、
「俺ら、寝るから」
そう言って、2人で部屋を出た。
「泣かないんだね。次雄兄さまも。僕も。泣けない」
僕と次雄お兄さまは兄弟の中で一番仲が良かった。
「お父さまなんか、死んで清々したよ」
「奏、お前。大人になったなあ! 」
弾けるように笑った。僕はお父さまが死んで、嬉しかったんだ。犯人は一志お兄さまと確定され、一志お兄さまは病院送りとなった。病院から一生出られないかも知れない、一志お兄さまの笑顔を僕は忘れないだろう。
その後はお父さまのお葬式とか、色々あって目まぐるしく僕の周囲は廻っていた。
僕だけが何もなかったようにお葬式さえ楽しんでいた。普段会えない従兄弟に会って一緒に遊んだりして、楽しかったんだ。お父さまの四十九日が終わらないうちに姉さまと真一さんは入籍をした。無職の真一さんとの交際を反対されていたから、姉さまから見て父さまは目の上のたんこぶだったと思う。
僕は見てしまった。夜中にお父さまの骨壺を挟んで、姉さまと真一さんがシャンパンで乾杯をしているところを。姉さまはシャンパンをもう一口飲んで、骨壺を床に置き、その上に、ドン!と左足を乗せた。
「一志がいてくれて良かったわ。私、強制的にお見合い結婚させられるところだったわ」
「一志くんが被ってくれて助かったよ」
「万々歳だわ」
「俺たちの未来と自由に乾杯! 」
二人はシャンパンを飲みながらゲラゲラ笑っていた。僕はよく泣いた。
「奏、夜が怖かったら一緒に寝よう」
僕はその夜から、次雄兄さまと同じベッドで寝るようになった。そのころ、僕は視線を感じるようになっていた。視線を感じて振り向くと必ず次雄兄さまが僕を見ててくれるから、
「見守ってくれている」とばかり思っていた。
お父さまが死んでから、ピリピリしていたお姉さまと、おどおどしていた真一さんは、イキイキしはじめた。女の子も生まれた。家の事は全部、姉さま夫婦で解決してくれた。
うちは地主の家系で家賃収入だけで月200万円を超える収入があったから生活に困る事はなかった。お父さまが死んでから、皆の人生が初めてまわり始めていた。
僕は誰かの声が聞こえるようなっていた。誰かが、脳に直接語り掛けてくる感じと言えば上手く伝わるだろうか。
『お父さまを殺したのは、一志じゃない。お前だ』
「僕じゃない! 」
「正確に言うと俺だよ、俺とお前が共同で使っているこの手で殺したんだ。俺はお前だよ、城町三郎」
 僕は奏多だ。
『お前と身体を共有している。もう一つの人格だ。三郎の時、お姉さまと真一さんに頼み込まれて、手袋をつけて三郎は親父を刺した。それから、包丁の柄を一志兄さまに握らせ、指紋をつけた。それにお前も親父を憎んでいた。違うか? 』
 違う。
『お母さまを殺した親父を殺したのは三郎、お前であり俺でもある。だから、お前と同じ身体を共有している俺がこの手で親父を刺したんだ。城町三郎、戸籍に載っているのは俺の方だ。お前は俺の別の人格に過ぎない」
「この身体は僕の物だ」
そう言った途端に、僕と三郎は入れ替わり僕は意識を失った。気が付いた時には、姉さまと真一さんがそばにいた。
「お姉さま? 」
「目が違うわね。今は、三郎なの? 三郎が話したのね? 私達の行動の全てが奏を守るためだった事」
僕は頷いた。
「お父さまは死んだ、私達は結婚して子供も生まれた。次雄も元気で。うまく行っているの」
お姉さまは、
「どんな奏も私達兄弟は見守っていくわ。奏多は」
城町奏多は殺人犯になってしまったみたいだ。頭が割れるように痛い。
「お前は一生『父親殺し』の罪を背負って生きていくんだ」
三郎は言う。僕がお父さまを殺したのか? 頭の中に黒い虫が飛び交う。
「止めて下さい! お父さま」
馬乗りになってお母さまの首を絞めた、お父さま。
「死んだな、馬鹿女が」
「真一、次雄、庭の隅にでも埋めておけ! 」
「奏は寝ろ!」
人格が切り替わった。
「お前、三郎か? こいつを埋めるのを手伝ってくれ」
「はい、お父さま」
三郎は言った。優しいお母様を殺したお父さま。お父さまを殺したのは、この身体、城町三郎。愕然とした。
「三郎も奏も、皆同じ身体の中にいるのよ」
お姉さまは言った。
「奏にはないんだけど、三郎には強い凶暴性がある。私達兄弟は奏が可愛いから、皆で奏を守ってきたのよ」
その時、僕は間違いなく奏だった。
「仔猫を3匹、、殺してきた」
三郎が自慢をしてくる。イラつく。一番イライラするのは『姪の泣き声』だった。
その時、僕は奏だった、僕は泣き声が耳について離れず、ノイローゼ寸前だった。僕は寝室に入り、ベビーベッドに寝ている、姪っ子の細い首に手を掛け力を込めた。姪っ子が死んだ瞬間、不思議な感覚が僕の身体を走り抜けた。
これだ! 三郎の気持がやっと分った。僕の中にも同じ残虐性が眠っていたんだ。目覚めたんだ。今度は大人を殺して見たい。台所から包丁を盗み、静かな足取りで、庭のハルちゃんに近寄る。
「ハルちゃん」
呼びかけた僕に笑顔で振り向いた細くて白い首を包丁で一突きにした。
こんなに、楽しいことが世の中にはあったのか? 
生き物の命を奪うと言う事は。母屋からお姉さまの、叫び声が聞こえて来た。
一つ、気が付いたことがある。僕は兄弟に見守られていたんじゃない。常に見張られていたんだ。恐るべき姉弟たちに。
Dear My brother.

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