【才能はみだしっ子サポーターズ⑦】『SPACE JUNK(スペースジャンク)』東大異才発掘プロジェクトROCKETの有志の保護者たちが立ち上げたチーム
東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室が日本財団と連携し運営されていた「異才発掘プロジェクトROCKET(ロケット)」。ROCKETは「Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の頭文字をとったもので、“志ある特異な(ユニークな)才能を有する子どもたちが集まる部屋(空間)”という位置づけで2014年に始まりました。日本財団との連携が解消し、2021年に『LEARN(ラーン)』という新しいプロジェクトに生まれ変わるまで1~5期生までの6年間で合計128名が参加しました。今回はROCKET参加者の保護者の有志で作られた「SPACE JUNK」の活動をご紹介します。(注:東大異才発掘プロジェクトROCKETとは異なる活動です)
そもそもROCKETとは?そして、SPACE JUNKが立ち上がったきっかけ
SPACE JUNKという名称は「子どもたちはROCKETで広大なSPACE(宇宙)に向けて飛び立とうとしています。私たち保護者はそれを見守り、応援し、そして時には不安や迷いの中で立ち尽くし、ただただ漂っているように感じたり。広大な宇宙に漂う「宇宙ゴミ」のような存在かもしれません。でも、いまは無駄に思えるようなことも、もしかしたら将来予想もしなかった貴重な資源になるかもしれません」という思いでつけられたそうです。今回の取材ではSPACE JUNKを立ち上げた山下仁美さんと渡辺美由紀さんにお話を伺いました。
※ROCKETに参加された子どもたちは「志ある特異な(ユニークな)才能を有する子どもたち」という位置づけで、ギフテッド・チルドレンとは呼ばれていません。取材時もギフテッド・チルドレンという枠に絞ってお話を伺ったわけではありません。
「ユニークな才能を有する」という表現から、万能な子どもという印象を持たれるかもしれませんが、実際参加した子どもたちは読み書き障害やコミュニケーションの苦手、思考や認知の強い偏りといった困難さを抱えていた子も多く存在しました。社会からこぼれ落ちてしまいそうな弱さを抱えながら、こぼれ落ちないような意地を見せようとした子どもたち。そのような子どもたちを支えるにはどうしたらよいのか。実際にROCKETに参加された保護者の方たちが感じられたのは、ROCKETが運営者も参加者も試行錯誤をしながら活動する場であったということ。
走りながら考えるような形で2021年に新規プロジェクト「LEARN」に移行される時までそのような状態でした。子どもたちは自分の意思でプロジェクトに参加するので、たくさん活動している子もいれば、細々と参加する子もいて、親が手や口を出さないこともルールとしてあったそうです。ROCKETはメディアに大きく取り上げられていたわりには、今ひとつ活動内容が分かりやすく見えてこなかったのですが、ユニークな個性を持った子どもたちに何が必要かを大人と子どもが一緒になって模索して、絶えず変化する場がROCKETだったのではないかとお話を聞いていて感じました。
学校では孤独を感じがちな、ユニークな個性を持った子どもたちはROCKETという場で仲間に出会うことで「宇宙に一人きりの孤独な存在ではなかった」と安心したケースもあったようです。不登校だった子どもの何割かは学校に戻ることもありました。それぞれ関心をもつ分野が違う事から、参加した全員がROCKETで仲良しの友だちがたくさんできたというわけではなかったのですが、同じような個性を持つ人が他にもいると知ることは大きな意味があったのではないかと思われます。
ROCKETに子どもたちが参加をしていても、保護者同士の横の繋がりはあまりなかったそうです。ユニークな子どもの子育ては試行錯誤の繰り返しで簡単ではありません。育児に孤独感を持つことが多い親たちが繋がりを持てるということを目的にして相談や情報のシェアをするなど自由な内容で数年前にFacebookグループができました。その後、2021年1月にROCKET参加者の保護者がオンラインで思いをシェアする場がグループから派生して作られました。ROCKETに集まった子どもたちはユニークだったことから、全国各地に散らばっている親たちは孤独な、人とは違う育児と向き合ってきていました。孤独感を含めてやっと分かり合える貴重な保護者同士の仲間となりました。集うことができたのは、ROCKETで共有した体験から繋がりをもち、ROCKET在籍時の学校生活や家での日々なども含めて振り返りを行っていたいという思いからでした。
そして、さらに親の立場での経験が、ROCKETには参加しなかった人たちにも役に立つのではないかと、オンラインサロンのコアメンバーと共に一般公開をすることを考えてSPACE JUNKへと展開していきました。
SPACE JUNKのおもな活動
SPACE JUNKは2021年8月にホームページを公開し、現在以下の活動を行っています。(ホームページのリンクはこちら)
● ROCKET CABIN:子どもたちのポートフォリオ公開
● オルタナティブな学びや自立に役立つ情報を集めたポータルサイト運営
● 保護者のリレーブログ 「L点Story」の提供
それぞれの内容を解説します。
● ROCKET CABIN:子どもたちのポートフォリオ
ROCKETでは参加者は「スカラー」と呼ばれていましたが、SPACE JUNKでは「CREW(クルー=乗組員)」と呼びます。CABIN(キャビン)ではクルー一人ひとりのポートフォリオが見られ、現在は5名の情報が掲載されており、それぞれが小さいときから培ってきた興味や関心を活かした活動内容を紹介しています。CABINではROCKETのスカラー経験者で、情報公開を希望する方や元スカラー仲間と繋がることを希望される方を募集しています。また、一般の方からも感想やお仕事の依頼などを受け付けています。
● オルタナティブな学びや自立に役立つ情報を集めたポータルサイト
ROCKETの保護者向けオンラインサロンは非公開で継続しており、不定期で公開イベントを開催しています。
非公開オンラインサロンでは、毎回一つのテーマで話し合いますが、内容は一人ひとりのスカラーにフォーカスしたり、「メンター」「父親」「認知の歪み」など気になるキーワードを取り上げたりしています。
また公開オンラインサロンでは、山下さんが保護者として出演されたNHKハートネットTV「うきこぼれの子どもたち」で共演されていたギフテッド当事者の吉沢拓さんを招いたオンラインイベント「少し先の話を聞きたい!生きづらさを抱えた子ども時代、そして社会に出てから」が開催されました。吉沢さんは学生時代の浮きこぼれのエピソードもお持ちですが、大学院まで卒業していて、むしろ学校は行けても社会で躓いたというお話をして下さいました。社会で躓いたのはどうしてなのか、どうしたら社会で働いていけると思うかを、具体的に自己分析を交えて語って下さり、事例として役立てて欲しいとのことでした。
ROCKETスタート時からプロジェクトリーダーとして関わってこられた福本理恵さんが創業された株式会社SPACEの活動についても、情報発信という形で連携も行っています。
ポータルサイトでは、学校以外のオルタナティブな学びの情報提供だけでなく、イベントの参加者にアンケートを行い、今求められていることをヒアリングしながら今後のイベントの企画に活かしていくそうです。
● 保護者のリレーブログ L点Story
「L点(えるてん)」とはラグランジュポイント(Lagrangian point/略称L点)のこと。天体と天体の重力で釣り合いが取れる「宇宙の中で安定するポイント」で、スペースコロニーを建設する際の軌道の候補となります。悩みながらの子育てだけど、親子が適度な距離感を保ち、それぞれの幸せが調和する居場所でありたいという想いを伝えることから「L点Story」と名付けられたブログです。
こちらではROCKET参加者の保護者がリレー形式でブログを綴っています。ユニークな個性を持った子どもたちの子育ては決してキラキラしたことばかりではありません。突出した個性があると社会からは「恵まれている」「能力があるのだから自力で何でも解決できる」と思われがちですが、当事者が実際に経験していることと世間からの印象には大きなギャップがあります。学校と合わずホームスクーリングを選ぶことになったり、家族の中でも理解が得られず母子で孤立してしまったりなど、様々な葛藤を抱えることがあります。特に学校という存在はとても大きく、通えないことで苦しんでしまい最悪のケースでは自死を選んでしまう子どももいます。学校よりも絶対に命が大切で、学校以外の道もあることを子どもたちに知ってほしいと山下さんは思われたそうです。ご自分たちが子育ての渦中で大変だったこと、そして今はどうしているかなどのエピソードをシェアすることで、現在困っている人の役に立てればという思いでリレーは続いています。
これからの活動
まだSPACE JUNKを知らない方たちに活動内容を知ってもらいたい、元ROCKETのスカラーとその保護者の方たちにもぜひ参加して欲しいとお二人はおっしゃいます。
SPACE JUNKはCABINメンバーシップという形をとって興味を持ってくださっている方や応援してくださる方、関係者の皆さんを対象にメンバーを募集しています。
● ちょっと難しい子育ての経験談について聞きたい。
● 学びの個別最適化、一人ひとりにあった学びがあると思っている。
● 教育システムが変わってほしい、それについて一緒に考えたい。
● 不登校、ホームスクール、オルタナティブ教育、合理的配慮 について聞きたい、話したい。
と思われる方におすすめとのことです。HPの登録フォームから申し込みが可能です。
子どもたちへの思い
最後に、子どもたちにどのように生きていって欲しいかというお話をお2人に伺いました。
渡辺さん:「ユニークな個性を持つ子どもに対して教育はこうあるべきというような型にはめるような対処ではなくその子の持つ興味をとにかく伸ばしてあげれば良いのではないかと思います。小さいときから息子の場合、他の子と同じように『普通』に出来なくて支援級を利用する一方で『この子は将来社会の役に立つ人になる』などと周囲から言われることも多いという、困難さと特別さの板挟みにありました。親としては自分の子どもには誰かを幸せにするために自分を後回しにして生きるのではなく、自分がまず幸せであってほしいと願うばかりです。子ども自身が『人の役に立つかどうか』を存在意義としてしまう危なさがあると思います。周囲の期待に応えなくてはと思うあまり、潰れそうになってしまう子どもも多いので、まずは自分を大切に幸せであって欲しいと思っています。」
山下さん:「ROCKETに在籍していたことがきっかけで私の子どもは得意な分野の力を活かす機会を周囲から与えてもらうことがたくさん増え、18歳では普通では関わることができないような仕事なども経験させていただくようになりました。それは、我が子自身にとって自信になることだと思い頑張っている様子を見守っていたのですが、自分の好きな事をする時間もとれないくらい忙しくなることもあり、少し大変に見えることもあります。小さな時から『できるから』と、いろいろな役割を担うことがありましたが、周囲の期待よりも、きっとまず自分の『好き』を原動力に前に進むことが幸せに生きることにつながるのだと思います。とはいえ、自分にどんな環境が合うのか合わないか、何が苦しいのかなどを一つずつ経験して理解していかなくてはならないのだろうなとも感じています。」
【インタビュー後記】
ROCKETにお子さんたちが在籍されていたことがきっかけで始まったSPACE JUNK。子どもたちにとって合わない環境で過ごすことは、時には命に関わる大問題であり、そのような状況の子どもと向き合う保護者にとっても、大変過酷な環境であるということ。情報発信を通して、ユニークな個性を持つ子どもと保護者に対して「独りで悩まないで大丈夫。仲間がいるよ」とエールを送っていらっしゃるように感じました。
今回インタビューに同席してくださったギフテッド当事者会主催の土居綾美さんが「ユニークな個性をもつ子どもたちは世間一般の普通を求める同調圧力に対処しなくてはいけない上に、その子のもつユニークな個性を利用する圧力にも対処しなくてはいけないのだとあらためて感じた」とおっしゃっていました。
人には「上手にできること」=「好きなこと・やりたいこと」ではない場合もあって、「できる人がやれば良い」という多くの人が持ちやすい思考は実はできる人にとって負担になることもあるのだと感じました。
子どもがその子らしく生きること、幸せに楽しく生きること。簡単ではないかもしれませんが、そのことを求め続けてできることを考えていきたいと思いました。(酒井由紀子)