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「ウィンウィンウィー」と「トゥクトゥクオーシ」─蝉の話
私が子どもだった頃、秋田にはミンミンゼミもツクツクボウシもいなかった。少なくとも私の町で鳴き声を聞いたことはなかった。
その頃の私のイメージでは、ミンミンゼミもツクツクボウシも、存在は知っているにしても、関東から西のほうにいる蝉であった。夏場に西へ旅行することもなかったので、私はその鳴き声を直に聞く機会がなく、TVドラマか昆虫番組で聞いて知っているだけであった。
それが、
小学から中学にあがる頃の、ある夏の日。向こうのほうで一匹、
「ミーーーンミンミンミーーーン…」
そんなようなのが、確かに鳴いている。
向こうのほうでちょっと鳴いただけだったが、それでも私は驚愕した。大人たちが温暖化温暖化と言っているが、蝉が北上した!と。
向こうのほうで一匹だけ、だったミンミンゼミは、次の年には、確かにあそこに、となり、その次には、あそこで、そしてここでも、となり、今ではすっかり、晩夏の風物詩と言えるまでに当たり前に聞くようになってしまった。
ところで私が言いたいのは蝉の北上の話でも温暖化の話ではなく、蝉の鳴き方の話である。
日本語には素晴らしいオノマトペの世界があり、そして私たちは漠然と、
ミンミンゼミはミンミンと鳴く。
そう思っているわけだが、上記のような事態の中で私が初めてリアルに聞いたミンミンゼミの鳴き方は、
ウィンウィンウィーであった。
限りなく「ミ」に近い「ウィ」であった。
「ゥゥウィーンウィンウィンウィンウィーーイィ………ウィーンウィンウィンウィンウィーーイィ……」
こんな珍妙な求愛に、こんな大音量に本当に雌が惹きつけられるのだろうか。自分でうるさくないのだろうか……。
さらに驚愕したのは、ミンミンゼミ北上後、間もなく北上してきたツクツクボウシであった。
ツクツクボウシの鳴き声も私にとっては、上記と同様の理由からテレビドラマか昆虫番組か、或いは西川のりお上方よしおの漫才の中だけのものだった。
そしてツクツクボウシは、ツクツクボーシでもツクツクホーシでもオーシンツクツクでもなく、
トゥクトゥクオーシであった。
「トゥクトゥクオーーシ!トゥクトゥクオーーシ!」
さらにトゥクトゥクオーシは何故か突如、転調というか、AメロからBメロへというか、AメロからA’へ、とにかくいきなり調子を変え、
「トゥクトゥクウィーーヨ!トゥクトゥクウィーーヨ!」
限りなく「イ」に近い「ウィ」であった。
そしてしばらく沈黙する。その間、もっと大きい音にしようとか、もっとトゥクトゥクをリズミカルにしようとか考えているかは知らないが、すぐに気を取り直して、
「トゥクトゥクオーーーシトゥクトゥクオーーーシ、トゥクトゥクイーーーヨ、イーーーヨ……」
繰り返すのである。
こんな珍妙な音に、本当に雌が惹きつけられるのだろうか。
どうなれば最大にモテる鳴き方になるのだろうか 笑。
蝉ではないがキリギリスの「スイッチョン」も、名前は忘れたが暗がりでひたすら「ジーーーーーー」と言っている虫もいて、人間にはとっては唯々珍妙であって全く理解できないが、彼らにとっては世界で最も重要なる音色なのだ。
毎年聞いても、毎年同じように驚いてしまう。
さて今日は8月22日。二十四節気の「処暑」だそうだ。まだまだ暑いが、その暑さも日差しもどこか気が脱けたように感じられる。
真夏の間に頑張っていたアブラゼミはだいぶ数を減らしてしまい、ミンミンミーとトゥクトゥクオーシがいよいよ珍妙に響いてくる。