「つながらない権利」と厚生労働省テレワークガイドライン(指針)改定
厚生労働省のテレワークガイドライン改定に関する検討会(これからのテレワークでの働き方に関する検討会)でEUでの「つながらない権利」については議論の中で紹介されたが、報告書には明確に「つながらない権利」として規定されることはなかった。
「つながらない権利」(繋がらない権利)とは
「つながらない権利」(right to disconnect)とは、「労働者が勤務時間外には仕事のメールや電話などへの対応を拒否できる権利」(ウィキペディア)のことだが、フランスなどでは法制化されている。
日本では、昨年(2020年)12月25日、厚生労働省が公表した「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」に次のように記載されている。
これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書(PDF)
なお、2020年11月16日に第4回「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」が開催され、濱口桂一郎委員によるプレゼンテーションがおこなわれました。
その時の濱口委員が提出した資料「諸外国のテレワーク法制概観(労働政策研究・研修機構 濱口桂一郎)」には「『つながらない権利』には(ドイツ)連邦労働社会省は消極的」としか記載されていませんでした。
日本の国民性はフランスではなくドイツに近いと判断したのかどうかは分かりませんが、日本の厚生労働省は「つながらない権利」についてはドイツ同様に消極的になってしまいました。
これからのテレワークでの働き方に関する検討会(厚生労働省サイト)
テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)
厚生労働省は「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」を踏まえて、テレワークに関する新指針案「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」を策定した。
厚生労働省・労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)が2021年3月4日に開催されたが、議案(3)は「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの改定について(報告)」とされており、厚生労働省が策定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」が資料として労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)に配布された。
テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)(PDF)
この「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」には、「つながらない権利」に関する事項としては次のように記載されている。
このテレワークガイドライン(案)に対して分科会委員から意見・質問が相次いだとされるが、今後、厚生労働省が各都道府県労働局長に対して通達(通知)されることになっている「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」に「つながらない権利」が明確に記載されるかどうか注視すべきだと思う。
なお、連合は「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を策定して「つながらない権利」についても言及されている。
「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」(連合)
連合は昨年(2020年)9月に「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を策定。「つながらない権利」獲得に向けて、時間外や休日、深夜のメールを原則禁止するとした。モデルとなるテレワーク就業規則(在宅勤務規程)も作成している。
追記:テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン
修正されたテレワークガイドライン案が分科会で報告
2021年3月16日、労働政策審議会の労働条件分科会開催。また安全衛生分科会が持ち回りで開催されたが、両分科会において「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」(3月4日に報告されたガイドライン一部修文)が報告され、了承された。
「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」<指針>は、今月内(2021年3月31日までに各都道府県労働局長あてに通達(通知)される予定。
なお、「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」<指針>の経過概要、目次、全文はブログ働き方改革関連法ノートに記事を投稿(2021年3月19日)。
厚生労働省テレワークガイドライン<指針>改定案(修正版)(働き方改革関連法ノート)
厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」公表
厚生労働省は、現行のテレワークガイドライン(指針)「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」を「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(指針)に改定し、本日(2021年3月25日)公表。
テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(PDF)
追記:「つながらない権利」と裁量労働制見直し
厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(指針)は2021年3月25日に公表されたが、その翌年(2022年)3月29日に開催された厚生労働省の有識者会議・裁量労働制などの見直し関する検討会(正式名称:これからの労働時間制度に関する検討会)で、「労働者の健康確保に係るヒアリング」が実施された。
そのヒアリング準備資料「オフの量と質から考える働く人々の疲労回復」(独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センター・久保智英上席研究員)24頁には「裁量が高くても不規則な働き方は睡眠の質と疲労回復を阻害する」「労働時間への裁量度が高くても、不規則に働くことは睡眠の質の低下と疲労回復を遅延させる」と記載。
また、つながらない権利についても記述があり、37頁の「まとめ」では「『勤務間インターバル制度』や『つながらない権利』は新しい時代における働く人々の疲労回復機会の確保には有効だと思われる」と提言。
しかし、ヒアリングにおいて「『勤務間インターバル制度』や『つながらない権利』といった、新しい時代の過重労働対策」「これは非常に効果的なルールだとは思いますが、これまでの歴史を振り返っても、実情を踏まえないルールだけでは、恐らく風化して、絵に描いた餅になってしまうので、やはり現場の特性、組織の特徴を踏まえて、日本型の制度につくり上げていく工夫が必要だろう」とも指摘している。
そして、久保氏は「オンとオフが、メリハリが曖昧になってきている」「恐らく、将来、さらに曖昧になっていくと予見されます」「そういった意味では、疲労回復に重要なオフに、物理的に仕事から離れるだけでなくて、心理的にも疲労回復のために離れるといったような組織的な取組、個人的な対応というのが今後重要になってくる」と訴えている。
追記:「つながらない権利」を参考にして検討
本日(2022年7月1日)開催の厚生労働省「これからの労働時間制度に関する検討会」(裁量労働制など労働時間制度見直しに関する検討会)第15回検討会の配布資料が公開されたが、資料1は「これまでの議論の整理 骨子(案)」。
その「これまでの議論の整理 骨子(案)」には「いわゆる『つながらない権利』を参考にして検討することが考えられるのではないか」と記載。
<更なる追記>第16回「これからの労働時間制度に関する検討会」(2022年7月15日開催、議題「労働時間制度について」)開催案内、第13回検討会(5月18日開催)および第14回検討会(5月31日開催)議事録が、参議院選挙が終わるのを待っていたのか、本日(2022年7月13日)、厚生労働省サイトで公開された。
なお、第14回「これからの労働時間制度に関する検討会」議事録には「つながらない権利」に関する発言について記載されているが、黒田構成員は「テレワークをしている人か否かにかかわらず、つながらない権利というものを広く普及させていくような仕掛けが今後は重要になってくると思っております」と。
追記:これからの労働時間制度に関する検討会 報告書
厚生労働省は(2022年)7月15日、第16回「これからの労働時間制度に関する検討会」を開催し、「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書案を議論し、その日に厚生労働省は「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書(本文、概要、参考資料)を公表した。
公表された「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書 概要には「勤務間インターバル制度について、当面は、引き続き、企業の実情に応じて導入を促進。また、いわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていく」と記載されている。
また、「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書 本文には「テレワークが普及し場所にとらわれない働き方が実現しつつあり、またICTの発達に伴い働き方が変化してきている中で、心身の休息の確保の観点、また、業務時間外や休暇中でも仕事と離れられず、仕事と私生活の区分があいまいになることを防ぐ観点から、海外で導入されているいわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていくことが考えられる」と書かれている。
これからの労働時間制度に関する検討会 報告書(概要)(PDF)
追記:つながらない権利を無視の厚労省と労政審
厚生労働省は昨年(2022年)7月15日、厚生労働省の有識者会議「これからの労働時間制度に関する検討会」がとりまとめた「これからの労働時間制度に関する検討会報告書」を公表。この報告書に基づいて厚生労働大臣諮問機関・労働政策審議会労働条件分科会が裁量労働制の対象業務追加(拡大)などに関する議論を始めたが、その議論の結果、労働政策審議会労働条件分科会がとりまとめた労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を厚生労働省が昨年(2022年)12月27日に公表。
今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)(PDF)
「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書本文12頁に記載されていた「海外で導入されているいわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていくことが考えられる」という個所があったが、労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」には「つながらない権利」を参考にして検討を深められたような形跡はまったく見受けられなかった。
追記:つながらない権利が日本で法制化される可能性
「つながらない権利」労働契約法上でデフォルトルールを定める
厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。
第5回「労働基準関係法制研究会」資料3「これまでの論点とご意見について」(PDF)
厚生労働省が作成した資料の中の「つながらない権利」に関する箇所は少し理解しにくい記述になっていますが、まず「デフォルトルール」は標準的なルールまたは原則的なルールということではないでしょうか。つまり「つながらない権利」については労働基準法ではなく労働契約法に標準ルール・原則ルールとして規定する方向で議論されるべきということではないでしょうか。
労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき
また「労働基準法と労働契約法の接続の問題」ということはどういう意味か分かりにくいのですが、労働基準法は取締法規ということになりますが、労働契約法にはデフォルトルールといった側面が強いとも思います。つまり「労働基準法と労働契約法の接続の問題」とは取締法規としての労働基準法とデフォルトルールとしての労働契約法を(「つながらない権利」に関して)どう結びつけるかという問題ということだと推測しています。
「労働基準関係法制研究会」に先立って開催されていた厚生労働省(労働基準局)有識者会議に「新しい時代の働き方に関する研究会」がありますが、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日開催)で水町勇一郎教授(水町教授は「労働基準関係法制研究会」でも「新しい時代の働き方に関する研究会」で構成員として選ばれた唯一人の存在)が同様の発言をしています。
長くなりますが、水町勇一郎教授は「労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするか」と語っています。
新しい時代の働き方に関する研究会 水町勇一郎構成員発言は重要だから議事録から抜粋(働き方改革関連法ノート)
企業に法令遵守のインセンティブを与える「新たな規制」
東大新聞オンラインは「社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー」(2024年3月19日)と題したインタビュー記事を掲載していますが、そこに水町勇一郎教授(厚生労働省「労働基準関係法制研究会」構成員=メンバー)が「政策提言に携わってきた経験から、日本の労働法制の在り方についてどのような点が課題だと考えていますか」という質問に答えるといった場面があります。
水町勇一郎教授は労働法制の改善のためには「インセンティブを与える政策手法の活用も進めるべきです」と述べていますが、インセンティブ(Incentive)とは、行動を促す「刺激・動機・励み・誘因」を意味する言葉だと一般的には理解されています。
何故インセンティブを与える政策手法の活用が必要なのか、水町教授は「これまでは、労働時間の上限規制や男女差別の禁止など、命令と罰則によって実効性を確保しようとしてきました。しかし、(労働基準監督署)監督官が全ての事業場を常に監督できるわけではない中、労働組合がない中小企業などでは、法令が守られない無法地帯に近い状況も生まれています」を現状を説明していますが、(私の経験からしても)そのとおりだと思います。
そのような無法地帯に近い状況の中では「法令を守らなかった企業に罰則を与えるという方法だけではなく、遵守している企業の情報を積極的に開示する」ことが必要だと、水町教授は語っています。
つまり、「求職者や消費者が、就職活動や消費行動に当たって法令をきちんと守っている企業を選択するように誘導する仕組みを作り、企業に法令遵守のインセンティブを与えることも、新たな規制の方向性だ」ということです。
社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー(東大新聞オンライン)
なお、横浜市の外資系補聴器メーカーの女性社員がテレワーク中、上司の所定時間外のメール等により長時間労働を強いられ精神疾患を発症し労災認定された事例は、日本でも「つながらない権利」の法制化が必要だという明確な事例になります。
追記:つながらない権利の法制化は厚労省にはもう期待できない
厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。
しかし、今日(2024年4月23日)開催の厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第6回研究会の資料「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」には「つながらない権利」といった言葉は完全に消えていました。これは「つながらない権利」法制化を日本の厚生労働省に「もう期待してはいけない」ということなのでしょう。
労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理(PDF)
佐藤大輝氏は『マネー現代』(2024年4月23日)の記事の中で「制度改革が不要とは思わない上で、取り急ぎの対策としては老若男女問わず、働く人すべてが「自他のつながらない権利」を尊重していく。この意識改革を地道にやっていくのが現実解になるのではないか」と述べていますが、法制化されていないとしても、まさに自他の「つながらない権利」を尊重していくしかないでしょう。
怒りとストレスで携帯電話を投げつける会社員続出…「つながらない権利」を軽視してきた会社を待つ「ヤバい末路」(マネー現代)
追記:つながらない権利は法制化ではなくガイドラインに
「つながらない権利」法制化について「労働基準関係法制研究会」(労働基準法などの見直しを議論する厚生労働省の研究会)では水町勇一郎教授が「労働契約法でデフォルトルールとして規定してはどうか」というアイデアを出していましたが、やはり法制化は困難ということで一度は研究会で議論する論点から消滅していました。
ところが、労働基準関係法制研究会が実施したヒアリングで労働組合の連合が「つながらない権利」立法化の提言を行ったことから「つながらない権利」が研究会の論点の一つに再浮上し、2024年12月24日の報告書(案)では「勤務時間外に、どのような連絡までが許容でき、どのようなものは拒否することができることとするのか、業務方法や事業展開等を含めた総合的な社内ルールを労使で検討していくことが必要となる。このような話し合いを促進していくための積極的な方策(ガイドラインの策定等)を検討することが必要」と記載されました。
つまり「つながらない権利」は労働契約法ではなくガイドラインを策定するという残念な結論に。
つながらない権利ガイドライン策定-労働基準関係法制研究会 報告書|note
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