映画は僕のヒーローだ
僕は映画と呼ばれている。
初老の塾講師が黄昏時、来し方行く末に思いを馳せつつ、これまで観た中の最高作はどれかと、比べ始めた映画なのだ。
子供の頃に観た怪獣、思わずマネした功夫、宇宙叙事詩、指輪を巡るファンタジー
映画は次々と彼の心に浮かんで消え
そしてまた浮かぶ──
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
今日の私物語は映画が主人公です。
懐かしいなぁ……
あの頃、ネットフリックスなんて仕組みは、まだございませんよ。レンタルビデオだってなかったんですからね。
春休み、母が私と妹を映画館へ連れて行ってくれました。貧しい暮らしの細やかな娯楽。
このところ、歳のせいでしょうか。新しい映画を見る気力が湧きません。古い映画を思い出すばかりなのです。
そんな私が描く、小説のような随筆のような私物語、お楽しみ頂けますように──
☆☆☆
あれは良かったこれも感動して、そう呟き、初老の塾講師が様々な僕を思い出す。
僕は幾つもの人生を映し出した。
甘くて切ない恋慕、疾風怒濤の展開、静謐で柔らかな笑み、そして出逢いと別れ──
彼は僕を反芻しつつ、長いような短いような自分の人生に重ねていく。
☆☆☆
『いろいろあったな』
(ホントそうだね)
僕は答えた。
『映画のお陰で救われた』
彼がそう返す。
一瞬お互い黙った。
(僕の声が聞こえる?)
『ああ。そうだな』
(現代では珍しいよ)
『え。マジ……』
(僕はいつも問い掛けている。聞いてくれる人が、なかなかいないのさ)
『もったいないぜ!』
☆☆☆
こうして僕らの語り合いが始まった。
僕は物語を見せて聞かせて、それから、観えない景色と聴こえない声も伝えてきた。
心の目を凝らせば、あるはずのない景色は観えてこよう。心の耳を澄ますなら、静謐が声として聴こえてくる。
☆☆☆
『例えばどんな?』
(僕の語ることじゃない)
『オレの心次第ってわけか』
(観える? 聴こえた?)
彼は黙る。眉と眉の間に皺を寄せて、目は閉じた。椅子に腰掛けたまま腕組み。それから、ふうっと溜め息──
『ああ……決まってる。この人生は何もかも決まってる。まさに映画だ。成るべくしてこうなった。今わかったよ』
☆☆☆
なるほど。そうか。彼は、人生=映画と理解した。それなら僕も応じよう。
僕は僕の成り立ちを語る。
企画立案と資金調達、脚本家や監督や俳優、美術に宣伝に観客、それぞれ役割がある。
人生も同じだ。
演じる人。間近で関わる人。遠くから眺める人。伝え聞く人。無視する人──
☆☆☆
『誰が作った、この映画』
(気に入らない?)
『つらいことばかりだ』
(いろいろあったね)
『悲しくてやり切れない』
(よく耐えたよ)
『ああ。ああ』
(楽しいこともあった?)
『……たーしかに確かに』
(ワクワクしたり燥いだり)
『懐かしいなぁ。泣けてくるぜ』
(我慢しなくていいんだよ)
☆☆☆
彼は泣いた。顔が歪む。声は出ない。けれども、心の深奥から魂の叫びが響く。そして、宇宙の隅々にまで広がった。
僕は彼の叫びと一つになる。
彼自身、何を泣くかわからない。ただ思いがこみ上げ、溢れ出す。それは、悲しみであり切なさであり喜びであり愛しさであり。
☆☆☆
『なーに泣いてんだ』
(それだけのことがあった)
『たしかに……確かに』
(いい思い出?)
『今ならそう言える』
(よかったね)
『ああ。そうだな』
☆☆☆
心地よい。
彼の深い理解は、静謐な波動となって響いてくる。僕の輪郭が消えていく。
心地よい──そう囁くだけで、僕らは一つである場所へ還ってこられるのだ。
このままでよい。
☆☆☆
『わお。なんだこりゃ』
(どうしたの)
『あ。わかったぞ』
(ほお……)
『前世の理解だ!』
(なるほど)
『この世はオレの前世だ』
(じゃあ、どうする?)
彼は黙った。時が漂う。
『次を作るさ』
(いいね。楽しみだ)
『ああ。オレも』
(またすぐ逢えるよ)
☆☆☆
お読み頂き、ありがとうございます!
不思議な一時でした。
数々の映画を思い浮かべ、架空の対話に没我しておりますと、思いがけず心は波立ち、言い知れぬ激情が溢れてくるのです。
そして、しんとする。
これってなんでしょうね──
別アカウント西遊記で、イラストを描いて下さった朔川揺さんと創作談話致します。
是非、いらして下さい♡