N氏とO氏、ホームにて【掌編小説】
夜。地下鉄のプラットフォーム。
時刻は午後の十一時をまわっていて、ひと気がない。
スーツを着た四十代のサラリーマンN氏とO氏が、お互いに顔を見合わせて驚く。
N氏「あー、どうも」
O氏「あー、どうもどうも」
N氏「お久しぶりです」
O氏「こちらこそ、お久しぶりです」
N氏「何年ぶりになりますか?」
O氏「五年ぶり……くらいですか?」
N氏「え? そんなに経ちますか?」
O氏「あー、そんなには経ってませんか」
N氏「どうです? ゴルフのほうは?」
O氏「え!?」
O氏、驚いてN氏の顔を見る。
O氏「ああ、ゴルフ……そろそろ始めようかと……」
N氏「え? ああ……」
二人の間に僅かな沈黙。
O氏「そ、それよりどうですか? 仕事のほうは?」
N氏「え!?」
N氏、鞄からハンカチを取り出し、額の汗を拭う。
N氏「そろそろ、始めようかと……」
O氏「え!?」
N氏「なにせ不景気なもので……」
O氏「ああ……」
二人の間にやや長い沈黙。
N氏「今日……少し暖かくなっくきましたね」
O氏「え!?」
N氏「え!?」
O氏「今日、暖かいんですか?」
N氏「暖かいですよ。二十度くらいですか?」
O氏「どうして分かったんですか?」
N氏「え!?」
O氏「え!?」
N氏「温度計、持ち歩いてますから」
N氏、スーツのポケットから細長い温度計を取り出す。
O氏、温度計の目盛りをまじまじと見る
O氏「本当だ」
プラットフォームの両側に電車がやってくる。
二人はそれぞれ反対方向の車両に乗り、なんとなく手を振って別れる。