札束イグザミネーション【掌編小説】

栄えある我がW大学探検部に入部するにはひとつの試験がある。
その年の活動費、すなわち探検部総勢30余名が身を粉にして働き、貯めた、探検の支度金。およそ600万を学内の部室から部長宅まで運び届けるのである。

その役には入部希望の新入生(探検の「た」の字も知らない18、9の青瓢箪達)が当てられる。
無論、かつてこの私もその試験をくぐり抜けてきた者だ。

小さな頃から怖い物知らずで通して来た私は、600万の分厚い札束を片手でむんずと掴むと、使い古して底に穴の空きかけたリュックサックに突っ込んだ。
先輩方諸氏に良いところを見せようと、胸を張り、意気揚々と部室を出た。
ちょうど昼時だった。大学の構内は学生で溢れかえっていた。

腹が減ったな……。私はそう思った。考えてみれば朝から米粒ひとつ口にしていない。
先輩に言われたことを頭の中で繰り返した。

「この600万を今日中に三鷹の部長宅まで届けること」

うんむ。何時までという指定は無かった。まずは昼飯を食おう。
地下鉄までの道すがら、目に付いた定食屋に入った。
汚いカウンターに座り、リュックを足下に置いた。

「生姜焼き定食。大盛りで」

注文を取りに来た店員がちらりと私の靴を見た気がした。

いや、足下のリュックを見ているのかも知れない……

そんなはずは無いが、一旦頭をもたげた私の疑心暗鬼な不安は収まらなかった。
私はそれから地下鉄に乗り、三鷹の部長宅に辿り着くまで、すれ違う人がみな自分を見つめている気がした。
誰も彼もがこの600万を欲しがっているように思えた。
私が600万を運んでいるのか、私が600万に運ばれているのか。
そう、私がこの札束を無くしてしまったら、今年の探検ができなくなるのだ。そしてそれは私だけではない。30余名の部員全員がだ。

到着するまでは小一時間をいったところだったろう。私の神経は衰弱し、どっと疲れてしまった。
部長はくたくたになった私を見て言った。

「どうだ、なかなかの探検だっただろう」

私は言葉が出てこず、ただ黙って頷いた。部長は唾を付けた指でばらばらと札束を数えながら続けた。

「今日の緊張感を忘れるな。無鉄砲なただの偉丈夫より、仲間の命を預かる怖さを知るものこそ、我が探検部には相応しい」

部長は札束を再び私に返し、歯をむいて笑った。

「さあ、次は副部長の家に行ってもらおうかな、新入生。
探検部へ、ようこそ」

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