昔の家【掌編小説】

そう言えば昔こんなことがあってね。

あなたが生まれる前、この家に引っ越してきたばかりの頃。

知らない男の人がピンポン鳴らすのよ。

最初は新聞屋かと思って、追い返そうとしたんだけど、様子が変なの。

ちょっと障害があるっていうのかな。

言葉も覚束なくて、何を言っても要領を得ないの。

気味が悪いけど「どうしたんですか?」って聞いたらね。

その人、昔この家に住んでいたっていうのよ。

あっと思って。そういえばお隣さんからそういう話を聞いたことがあるって思って。

で、その人は引っ越しをしたのが悲しいから家の中を見せて欲しいって言うの。

いや、それはいくらなんでもでしょ?

断ったの。

そしたらその人、玄関のドアノブだけでも握らせてくれって言うの。

「……それなら……いいですよ」って言ったら、その人、本当にずっとドアノブを握っていたの。

10分くらいかな。ずっと握ってたの。

そしてお礼を言って帰っていっちゃったわ。



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