西荻窪の森【掌編小説】
そもそもの始まりは幼稚園児の持っていたどんぐりだった。
どこかの遠足で持ち帰ってきた木の実が、小さな手のひらからこぼれ、街中の公園にぽとりと落ちた。
百年経って森が出来た。
東京23区の西の端の杉並区のそのまた端に大きなケヤキの森。
それは公園の範囲を超えて、住宅地を飲み込んでいった。
恐るべきスピード。毎日毎日、新しい木が地面から生えてくる。
アスファルトを破ったり、家を持ち上げたり。
森の木々は密集していて、中に入ると薄暗い。頭の上のほうから木々の葉がすれる音が降ってくる。
子供と野鳥がたわむれていて、甲高い声が聞こえる。
苔むした地面には美味しそうなきのこが生えている。
美味しそうではないきのこも生えている。
日曜日にはキコリがやっていて、木を切り倒す。
切り倒された木は近所の人が家を建てるのにつかわれる。
西荻窪はキコリの街になった。
屈強な男達が木に斧を入れると、コーン コーンと森の内をこだまが返ってくる。
どこまでも返っていく。
キコリは人気の職業だ。
明日僕もAmazonで斧を買おう。