ずれたワンテンポの中に
久しぶりに一人で映画を見た。
子供たちが小学校からもらってくるプリント類の中に、「映画祭」の文字を見つけて、秋って映画の秋でもあるんよなぁ。と思って、久しぶりに見てみようと出かけた。
向かった映画館は、桜木町駅近くのブルク13。
ブルク13は、夫と付き合っていた頃からある映画館で、横浜にいくつかあるシネコンの中でも私達の一番のお気に入りだった。同じ映画をやっていても、少し遠いこのブルク13を選んだ。
近くにある赤レンガ倉庫や日本大通りの雰囲気を引き受けた、品のある洋館のようなつくりが好きだった。
一階のカフェに寄って、チャイをテイクアウトする。
まだ空いている店内で、隅に座る女性3人組が何やら大きな声で盛り上がっている。その近くに座っていた年配の女性が、ちょうど私がお会計するタイミングに立ち上がって、3人組への文句をレシートの裏いっぱいに書いて、店員さんに放り投げ、去って行った。
若い店員さんの顔が強張っていて、可哀想だった。あなたに罪はないよ、って笑顔を向けたつもりだったけど、たぶんマスクのせいで伝わらなかった。
平日の昼間の映画館は空いている。
コロナ前からそうだったのか、もはや思い出せないのだけど、子供たちと休日や長期休みに見る映画は、空席を見つけるのが困難なほどだから、その差に愕然とする。
ドキドキ。ハラハラ。ずしーん。
みたいな作品を見たい日もあるけれど、今日の秋晴れには合わない。
悩んで選んだのが、映画「アイ・アムまきもと」。
阿部サダヲさんが演じる、空気が読めない男牧本は、市役所のおみおくり部に所属している。
本来なら、孤独死し、無縁仏として葬られるはずの人たちの葬式をあげる部で、部員は牧本ただ一人。
葬式に参列してもらうために、遺族を探す。遺族は見つかっても、多くの場合、もう縁は切ったからとか会ったこともないとかで葬式に出席せず、遺骨も引き取られない。代わりに牧本が、遺骨をいつまでも預かり続ける。
牧本は、遺族が「やっぱり遺骨を引き取りたい」と言う日がくるかもしれないと希望を持っている。何度上司から「役所がそこまでする必要はない!」、遺族から「絶対に引き取りになどいかない!」と怒鳴られても、牧本の思いを変えられる人はいない。
他人に思いを向け続けることは、生きている友人に対してでさえ難しい。そばにいない友人のことを四六時中考えていることは、ほぼ不可能だ。死んでしまった、自分と関係のなかった人は、それ以上に遠い。見返りだって何にもない。
死んだ人になんでそこまで、してあげることができるのだろう。
✴︎
彼は言う。
「分かりません」と。
「こういうことだよ、分かるだろ?」と言われても、
「分かりません」とハッキリ言う。
「恐ろしく勘が悪いね」と言われても、きちんと分からないと伝える。
それは話している相手を跳ねのける「分かりません」では決してない。
「知りたいです。教えてください」とセットだ。
あいまいに濁して、分かったふりをしておくのは簡単だ。けれど、牧本にはそれができない。
私自身の前の職場にもまきもとみたいな人がいたなぁと、重ねてしまった。非効率的で、仕事ぶりを見ているとイライラしてしまう。上司にしょっちゅう怒られていた。
でも、仕事関係なく、その人の隣の席になると、いつまでも喋り込んでしまう。家族にも話せないちょっとした悩みなんかも。
できない、わからないって言う人は敵じゃないなって思う。できます、わかっていますには敵が多い。隠しているものを暴かなきゃいけない気がしてくるし、自分を何か貶めてくるかもしれない。いつでも戦えるようにしておかなきゃいけない、とどこかで思っている。
でも、できない、分からない、ごめんなさいが、言える人には警戒心を解いてしまう。あまりにも、剥き出しでそこにいるから。
そっか、分からないなら仕方ないよね。って教えちゃう。こんなことがあってね、って自分の身の上を思わず話しちゃう。
そうやって、牧本も、
遺族の遺された仲間の警戒心を解いて行く。
牧本は、分かりませんの他にも、
「ごめんなさい」「ありがとうございます」
を、ちゃんと言う。
でも、それはいつもワンテンポもツーテンポもずれている。言うべき相手は、もう過ぎ去っていることもある。切ない。
ほとんどの人は、タイミングを逸しちゃったなって苦笑いして、ごまかして去るところなのだけど、牧本はここでもちゃんと言うのだ。
「ごめんなさい」「ありがとうございます」
相手や周りにどう見られるか、が彼の基準ではないのだろうな。と想像する。
死者や、生者も関係ない。
生きてる者は過ぎ去るけれど、死者はずっとそこにいるからむしろ、思いを向けやすいのかもしれない、牧本にとって。
すごく異質に見えた彼と私の違いは、ずれたワンテンポをごまかして生きているか、ごまかさずにちゃんと言うか。それだけの違いだけなのかもしれない。
と思ったりした。
ずれてしまったその間に、諦めるのか、
それでもちゃんと向き合うのか。
最後の最後に後悔せずに生きられるのは。どっちなのかな。
と、映画のラストに思いを馳せる。
この記事が参加している募集
読んでくださり、ありがとうございます! いただいたサポートは、次の創作のパワーにしたいと思います。