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道路交通における刑事処分と行政処分の違い

先日、救護義務違反に関する記事を作成した。そのなかで、刑事処分と行政処分で処分結果が変わる理由、その違いを後で説明するとしながら、説明を忘れていた。それを補足する目的で記事にまとめることにした。

他方、救護義務違反の処分は、刑事処分なし、行政処分が適用35点となっている。ここには、刑事処分と行政処分の違いが表れている。理由は後で示すことにする。

救護措置義務違反 東京地裁平成27(行ウ)1

なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や紹介裁判例や弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。


解説経緯の補足

この解説記事を作成した経緯について補足しておく。

ひとつは、記事冒頭で記した、説明忘れを補足するものである。

つぎに、ある交通事故解説系Youtube動画である。

つい先日、ある交通事故がYoutube動画で解説されていた。そこでは、交通事故がその後、不起訴となり、しかしその場合に行政処分の取消には別途裁判を起こす必要があると解説されていた。

動画主様は、刑事処分と行政処分の違いを説明していたものの、両者の本質的な違いを理解していないのか、説明文章を字面だけの違いで解説しているようであった。

また、不起訴処分のうち、嫌疑なしや嫌疑不十分なら十分免許が返ってくる可能性があるのではと解説されていた。この記事は、これらに対する補足解説でもあり、それを指摘するつぶやきの補足解説でもある。

おそらく状況として、こちらの、嫌疑なし、嫌疑不十分という状況だと、申し立てをして免許が返ってくる可能性は十分あると思うんですが、こちらの起訴猶予になるとちょっとなかなか戻ってこない可能性もあるかなと

どこかのYoutube動画 14:44

行政処分というのは、刑事処分と独立して行われるものであり、行政庁は刑事訴追の有無、裁判の結果にかかわらず行政処分を行うことができます……となっておりますので、だから、不起訴になっても行政処分をすることができると。ここが結構問題だと思うんですよね。いわゆる無罪だという判断になったとしても、いあいやいやそれは刑事でしょ、行政は関係ないんだよということで、ここの行政処分というのはなかなか元に戻らないんですよね。

どこかのYoutube動画 18:04

最後に、前記動画チャンネルの最新動画である。

前記動画チャンネルの最新動画で、この記事の「東京高裁平成27(行コ)359」の行政裁判が解説されていた。控訴審「東京高裁平成27(行コ)359」だけを見て原審「東京地裁平成26(行ウ)332」を確認せず、憶測を交えながら解説していた。こういう憶測で多くの視聴者に向けて語るのはどうかと感じた。そのように考え、この記事は精査の上で明日公開予定としていたところ、前倒しで公開することにした。

実際の事故の状況と刑事でどうなったかは分かりません

どこかのYoutube動画 0:28字幕
→ 実際は不起訴処分と判明している(原審PDF p.3)

被害者のケガは、全治1か月以上なのでは?

どこかのYoutube動画 5:07字幕
→ 実際は加療6月と判明している(原審PDF p.2)

累積点数が15点になるというのは、横断歩道で歩行者と接触したくらいではならないはずなのですよね。だけどなるということは、おそらく年齢は若いと思うので、運転としては滅茶苦茶だったと思うのですが

どこかのYoutube動画 15:58
→ 前歴なし、この事故だけで累積15点である(原審PDF p.4)

刑事処分と行政処分の違い

まずは、刑事処分と行政処分の違いを説明する文章を取り上げる。それだけでは違いが分からないと思うので、具体的な裁判により、どういった場合に処分の違いが生じるのか、そこを示していく。そのなかで、先日の記事で紹介した行政訴訟にも触れていく。

説明文章上の違い

一度簡単に、この点をつぶやいたことがある。

これを裁判例によって補完する。「大阪地裁平成29(行ウ)13」(大阪地平29.12.20)などで解説されている。

(4) 本件被疑事件が不起訴処分とされたことについて
 しかしながら,運転免許取消処分等の行政処分は,道路交通上危険性を有する運転者を一定期間道路交通の場から排除して将来における道路交通の危険を防止するという公益目的の実現のため,道交法及び施行令の定める基準に従ってされるものであり,実際に,道交法及び施行令においても,運転免許取消処分等の判断に当たり,刑事処分がされたか否かを考慮すべき旨を定めた規定はないことからすれば,国家刑罰権の行使としての刑事処分とは,その性質,目的,主体等を異にする別個独立のものであるというべきであるから,処分行政庁としては,刑事訴追の有無,刑事裁判の結果等の刑事処分の結果に拘束されることなく,独自に処分理由となる事実を認定し,行政処分をすることができるというべきである
 したがって,本件被疑事件が不起訴処分とされたことは,本件処分の適法性を左右するものではないというべきである。

東京地裁平成26(行ウ)332」(東京地判平27.9.29) p.24

刑事処分は、過去の行為に対して「国家刑罰権の行使」という意味をもって制裁を科すもの。対して行政処分は、「道路交通上危険性を有する運転者を一定期間道路交通の場から排除して将来における道路交通の危険を防止するという公益目的」のために行うもの。このように違いが裁判で示されている。

これだけだと違いを理解するのは難しいかもしれない。おそらく、刑事処分の性質、つまり刑法総論の基礎を理解しないことには、違いを理解しにくいと思う。

裁判例を紹介しながら、違いを掘り下げていく。

「大阪地裁平成29(行ウ)13」処分の判定ライン

いくつか裁判例を見たところ、刑事処分と行政処分の違いを理解するには、裁判例「大阪地裁平成29(行ウ)13」(大阪地平29.12.20)が分かりやすいと感じる。

原典PDFリンク

これは、酒気帯び運転の違反に関する裁判である。信号無視の現認による検挙、それによる酒気帯び運転(0.25以上)の発覚に伴う免許停止処分である。

この裁判のどこに争いがあるかというと、この酒気帯び運転の違反、刑事処分は不起訴(嫌疑不十分)となっている。

 本件は,中型自動車運転免許を受けていた原告が,呼気1ℓにつき0.25㎎以上のアルコールを保有する状態で普通乗用自動車を運転するともに(以下「本件違反行為1」という。),信号機の表示する信号に従わず普通乗用自動車を運転したこと(以下「本件違反行為2」といい,本件違反行為1と併せて,「本件各違反行為」という。)を理由として,……

原典PDF p.1

(5) 原告に対する刑事処分
 大阪区検察庁検察官は,平成28年11月24日,本件違反行為1について嫌疑不十分,本件違反行為2について起訴猶予との理由で,原告を不起訴処分とした。(甲2)

原典PDF p.2

嫌疑不十分は「犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分なとき」を意味する。明らかに違反となるだけの飲酒が検知されていながら、起訴猶予ではなく嫌疑不十分となるのはどういうことか。この点が刑事処分の性質に絡んでくる。

第3節 不起訴
(不起訴の裁定)
2 不起訴裁定の主文は、次の各号に掲げる区分による。
(18) 嫌疑不十分
被疑事実につき、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分なとき
(20) 起訴猶予
被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないとき。

事件事務規程(平成25年3月19日法務省刑総訓第1号) p.26

刑事処分は、国家刑罰権の行使である。過去の行為に対する処遇という特徴がある。そして刑事処分には責任主義という考え方がある。これは「責任なければ刑罰なし」と呼ばれるもの。行為者に対する責任非難を行えないときは、刑罰を科すべきではないとする原則を意味する。

 責任のない行為を処罰しても、行為者には、自らその行為を制御して侵害の発生を回避することが期待できなかったのであるから、将来、同様の状況で犯罪の遂行を抑止できるとは思われないし(犯罪予防・抑止効果が存在しない)、また、処罰により犯罪予防・抑止効果(威嚇効果)が仮に認めることができるとしても、避けられなかった行為を処罰の対象にすることが、それ自体として正当だとは考えられないから、犯罪の成立を肯定することはできないのである。なぜなら、責任の概念については多くの議論があるところであるが、刑罰には、病気に対する治療とは異なり、「非難」という独自の意味が込められており、このようなものを付科することが正当とされるのは、行為者が法益に対する加害行為(違法行為)を行ったことについて「非難に値する」と認められる場合(非難可能性が認められる場合)でなければならないところ、その非難可能性を認めるためには行為者が現実には行ってしまった違法行為を避けることが可能であった(他行為可能性)と認められることが必要であり、他行為可能性がない場合には、非難可能性を認めることができないからである。このようにして刑罰の付科を正当化する非難可能性が責任にほかならず、こうした意味で責任のない行為を処罰することは不当であり、許されないのである

刑法総論第3版』p.6~7

ここから、刑罰を科すには故意や過失が必要ということが導かれる。違法行為を避けることが可能であったのに、意図してそれを選ばず(故意)、あるいは注意を怠ったためにそれを選べず(過失)、違法行為をしてしまう。それに対する非難可能性が根底にある。

 違法行為を行ったことに責任があるというためには、少なくとも、行為者に故意又は過失(これについては第6章で評論する)があることが必要である。故意も過失もない行為に責任は認められない。……

刑法総論第3版』p.7

この刑事処分、嫌疑不十分と判断されたのは、酒気帯び運転の故意が不確かだったことが理由であると思われる。行政訴訟の中では故意が認定されているものの、そのように認定されるかは不確かであったという判断で起訴を避けたのだと思う。それは「疑わしきは被告人の利益に」「起訴有罪率99.9%」にも絡む話である。

飲酒~違反の行動を表す部分を抜粋すると以下である。

 原告は,平成28年1月20日午後7時頃から午後8時頃までの間,交際女性宅において,夕食をとるとともに,350㎖缶入りのビール(アルコール度数5.0~6.0%)1本及び高さ約10~13㎝,上部直径約10㎝,下部直径約8㎝のグラスに8分目程度まで入れたウイスキー(アルコール度数40.0~43.0%)をストレートで2杯飲み,同日午後8時30分頃,同人宅において就寝した。なお,原告は,当時,体調が悪かった。(原告本人,甲4,5,乙9,10,14)

ア 原告は,平成28年1月21日(本件当日)午前4時頃に起床し,交際女性宅から帰宅するため,自動車の運転を開始し,同日午前4時16分頃,同車を運転して本件交差点に差し掛かり(本件運転行為),同交差点において,信号無視をした(本件違反行為2)。(原告本人,甲4,5,乙1,4,6,8)

原典PDF p.7

飲酒してから運転開始までに、およそ8時間が経過している。二日酔いというものは往々にしてあり、量が多かったこと、体調不良のときには分解能が低下することも相まって、翌日まで残っていたのだろうと思う。

しかし翌朝、車で運転開始するとき、頭がすっきりしない原因は、酒気帯びによるものか体調不良によるものか、一見するとはっきりしない。酒気帯び運転の故意には酒気を帯びていることへの未必的な認識が必要であるところ、体調不良を言い訳にされると厳しいかもしれない。

結果的には行政訴訟の中で故意は認定されている。しかしながら、刑事裁判の中で認定できたかは定かでなく、認定できなければ「疑わしきは被告人の利益に」とされる可能性はあっただろうし、「起訴有罪率99.9%」を考慮すれば嫌疑不十分、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分と扱ったのではないかと思う。

ただし、「疑わしきは被告人の利益に」は刑事の話である。行政となると話は変わる。それを端的に示す部分が以下である。

イ 原告の主張に対する判断
 原告は,運転者において酒気を帯びて車両等を運転することについての故意がなければ,酒気帯び運転として刑事責任を問われることはないところ,これは,免許取消等処分においても同様である旨主張する。
 そこで検討すると,酒気帯び運転の罪(法65条1項,117条の2の2第3号)が成立するためには,少なくとも飲酒によりアルコールを自己の身体に保有していることについての未必的な認識が必要とされているが(最高裁昭和46年(あ)第470号同年12月23日第一小法廷判決・刑集25巻9号1100頁,最高裁昭和52年(あ)第834号同年9月19日第一小法廷判決・刑集31巻5号1003頁参照),これは,過去の違法行為に対する制裁として刑事罰を科す際には故意又は過失を要するという責任主義の観点からの要請であると解される(刑法38条1項参照)。これに対し,前記アに説示したとおり,免許取消等処分及び欠格期間指定処分は,将来における道路交通の危険を防止するという行政目的のために行われる行政処分であって,過去の違法行為に対する制裁として行われる刑事罰とは目的も性格も異なる別個のものであることは明らかである。
 したがって,原告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上によれば,令別表第二の備考の二の2所定の「酒気帯び運転(0.25以上)」に該当するためには,酒気を帯びて(アルコールを身体に保有する状態で)車両等を運転することについて運転者の故意又は過失がある必要はないというべきである。

原典PDF p.15~16

刑事裁判では、責任主義の要請により、違反の成立には故意又は過失を要する。酒気帯び運転では酒気帯びの未必的認識を要する。故意があったか疑わしい……と認定されれば、「疑わしきは被告人の利益に」が適用され、無罪もあり得る。

行政裁判では、将来における道路交通の危険を防止するという目的に沿って考え、故意や過失を必要としない。故意があったか疑わしい……という観点はそもそも、行政裁判では争点にならないということである。

言い換えれば、過失といえないまでも、体調管理を怠り、酒気を帯びていることを適切に認識できずに運転するような迂闊な者には、運転免許の許可を取り消してもよい。そのようにいえると思う。

この裁判で分かる刑事処分と行政処分の違いは何だろうか。直接的には故意の要否の違いである。そして、刑事処分と行政処分の判定ラインが異なることである。

判定ラインが異なるのだから、刑事処分が不起訴、ましてや嫌疑不十分だったとしても、それを理由に即座に行政処分の取り消しが妥当とは言えないことが分かるだろう。

記事冒頭に記した動画主様は「嫌疑不十分なら返ってくる可能性は十分あるのでは」と解説されていた。可能性はそうだろうが、刑事処分と行政処分では判定ラインが異なるので、刑事処分基準で判定された「嫌疑不十分」が行政処分の参考になるとは限らないのである。

「東京地裁平成27(行ウ)1」起訴有罪率99.9%

冒頭に記した記事の裁判を紹介する。

これは、以下の処分のうち、太字部分の取り消しを求めるものだった。

死傷結果
 死亡

刑事処分
 事故 → 罰金20万円(おそらく略式?)
 救護義務違反 → 不起訴

行政処分
 事故 → 違反点数なし
 救護義務違反 → 35点 → 免許取消、欠格期間3年

救護義務違反に限れば、刑事処分は不起訴、行政処分は救護義務違反に伴う免許取消となっている。

詳細は過去の記事を参照いただきたいところ、争点となっていたのは道路交通法72条1項「負傷者を救護し」の解釈である。この条文中の負傷者には、明白な死亡者は含まれないとされている。その判断は、医学の専門家でなくとも明白な死亡の必要がある。この事故の被害者は、確認さえすれば一般人にも明白な死亡者と判明できる者である。つまり救護義務違反は成立しないことになる。

この事故では、事故直後にその明白な死亡を確認しなかった。明白な死亡が事後的に判明した場合にも救護義務違反は成立するのか、そこが争点であった。

刑事では、参考とできる裁判例がなく、構成要件該当性が確実でないことから、検察は不起訴処分としたのだと思われる。つまり、有罪の確証がないので司法判断を避けたと思われる。「起訴有罪率99.9%」的な話である。

そして、被処分者側が行政訴訟を起こし、行政訴訟の中で救護義務違反が成立すると司法判断されたというのが、この裁判の展開である。

この裁判で分かる刑事処分と行政処分の違いは何だろうか。それは、裁判を起こす際の勝訴敗訴の確度の違い、その非対称性といえると思う。

刑事裁判は「起訴有罪率99.9%」という言葉に見られるように、有罪が確実視されない限りほとんど起訴されない。有罪の可能性がそこそこある程度では起訴されない。それがゆえ、不起訴であることが「行政処分なし」を期待できるほどに無罪の可能性が高いということを意味しない。

いわば、有罪率80%では起訴されないといったようなものである。この不起訴を無罪の可能性が高いと捉えて行政訴訟を起こせば、高確率で有罪相当の判決となり、「行政処分あり」となるだろう。この非対称性を考慮せずに「刑事処分なし=行政処分なし」と考えるのは短絡的である。

また、行政裁判は、行政処分という不利益を被っている者が起こす裁判である。そのため、裁判を起こすインセンティブはかなり強く働く。欠格期間が長く、原告が勝訴を期待できる程度であれば、裁判を起こす理由にはなり得る。このような裁判は、行政訴訟を起こしてもなかなか勝てない、敗訴するという統計や印象に寄与する。

刑事裁判は、検察が勝てると確信があってこそ、裁判となる。
行政裁判は、原告が勝てると期待できる程度であれば、裁判となる。
この違いが上記のことを引き起こす。

「東京地裁平成26(行ウ)332」「東京高裁平成27(行コ)359」被害者感情

少し変わった方向で、刑事処分と行政処分の違いを感じる裁判がある。原審「東京地裁平成26(行ウ)332」(東京地判平27.9.29)、控訴審「東京高裁平成27(行コ)359」(東京高判平28.2.17)である。

原審PDFリンク
控訴審PDFリンク

この裁判は、交通事故に対する行政訴訟である。

事故態様は、朝の登校時間帯、信号機のない横断歩道併設交差点で、横断歩道上の8歳児童に対する車両人身事故である。交差点を抜けた先が一方通行となっており、横断歩道至近の駐車車両によって狭まった道路幅に気を取られているところに、横断歩道の左方から前を見ずに走ってきた児童が車両側面に衝突する態様の事故である。

被害者児童は1歳年上の兄を追いかけるあまり、車両の接近に直前まで気づかず、車長5.07mの車両側面、車両前面から3.0mの位置に衝突している。車速は10km/h(≒2.78m/s)と認定されており、車両が被害者児童の前に進出してから約1秒後に車両側面に衝突したことになる。

東京高裁平成27(行コ)359(東京高判平28.2.17) 事故態様図
車両形状は、原審PDF p.3より
道路の幅員等は、原審PDF p.2より
進路、駐車車両、衝突などの位置関係は、原審p.14~16より

無茶な運転というほどではないものの、横断歩道上の対歩行者事故であるので、それでもなお基本的には車両の一方的過失である。横断歩道進入直前に横断歩道左方を見ていれば、容易に被害者児童を発見し得たと認定されている。

さて、刑事処分は不起訴処分である。

エ 東京地方検察庁検察官は,平成26年3月19日,本件被疑事件を不起訴処分とした。

原審PDF p.3

刑事処分が不起訴処分となったことには、被害児童の横断態様だけでなく、被害者と被害者家族の宥恕の念があったものと思う。

負傷程度は加療6か月である。

……。その後,本件被害者は救急車により病院に搬送され,本件傷害により約6か月の加療を要する旨診断された。(甲13,乙6,原告本人)

原審PDF p.17

別の記事に記したとおり、併合罪を伴わない過失運転致傷では、加療6か月ならほぼ公判請求である。略式にもならず不起訴処分になるのは、相当程度の温情処分である。横断歩道の歩行者保護の絶対性から考えて、被害児童の横断態様だけが理由でここまでの温情処分は考えにくい。

加えて、行政訴訟の際に、被害者および被害者家族からの嘆願書が出ていることも分かる。この点も、被害者と被害者家族の宥恕の念を示すものである。

 原告は,本件被害者及びその親権者が原告を許していること,……と主張し,……,本件処分の取消しを求める旨の本件被害者の保護者の嘆願書(甲3),本件被害者が原告に対して交付した塗り絵(甲5),……等を提出する。

控訴審PDF p.28

行政処分の争点は「専ら本件違反行為をした原告の不注意によって発生したもの」であるのかという点である。

今回の事故では、違反点数は以下のように決定された。前歴なし、加療3か月以上の場合、「交通事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したもの」に該当するかということが免許取消の境界ラインとなるため、この負傷程度だとしばしば行政訴訟が起こされる。

前歴なし、加療3か月以上、
交通事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したもの……

……である場合
 → 基礎点数13点+付加点数2点 = 違反点数15点
 → 免許取消、欠格期間3年

……でない場合
 → 基礎点数9点+付加点数2点 = 違反点数11点
 → 免許停止60日

2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
……
 その上で,処分行政庁は,原告が,道交法103条1項5号及び同条7項の規定に該当するとともに,累積点数が15点(本件違反行為の点数2点及び本件事故による付加点数13点(治療期間が3か月以上である人の傷害に係る交通事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合の点数)を合計したもの)となり,前歴がないことから施行令38条5項1号イ及び6項2号ホに該当するとして,平成26年4月11日,原告に対し,運転免許を受けることができない期間を同日から1年間と指定し,運転免許を取り消す旨の本件処分をした(甲8)。

原審PDF p.4

では、今回の行政訴訟により、被害者感情、被害者と被害者家族の宥恕の念がどのように判断されたかを示す。

エ その他の事情について
 原告は,本件被害者及びその親権者が原告を許していること,原告の妻は歩行が困難であり,原告において自動車を運転する必要があることといった事情から,施行令の基準どおり本件処分を行うことは,原告の運転行為の道交法上の危険性の度合いに照らして重きに失すると主張し,その陳述書(甲13)及び本人尋問においても同旨を述べるほか,本件処分の取消しを求める旨の本件被害者の保護者の嘆願書(甲3),本件被害者が原告に対して交付した塗り絵(甲5),原告の妻の身体障害者手帳(甲6)等を提出する。
 しかしながら,本件被害者及びその親権者が,本件事故に関して原告に被害感情を抱いていなかったとしても,このことから,当然に原告の運転者としての危険性がより低いと評価されるものではない。また,原告において自動車の運転をする必要性があるという事情も,原告の運転者としての危険性を評価する上で考慮されるべきものではない。

控訴審PDF p.28

このとおりである。「本件被害者及びその親権者が,本件事故に関して原告に被害感情を抱いていなかったとしても,このことから,当然に原告の運転者としての危険性がより低いと評価されるものではない」である。

行政処分は、道路交通上危険性を有する運転者を一定期間道路交通の場から排除し、将来における道路交通の危険を防止するという目的で行われる。つまり、危険性を有する運転者かということが、行政処分上では重要な判断基準となる。

そして、その判断には……被害者の被害感情、宥恕しているなどの事情は関係ないと判示されている。

刑事処分で、被害者が宥恕している場合には量刑事情として考慮してよい、状況によって考慮すべきとされているのとは対照的である。

 すなわち、故意による生命侵害犯ではない過失運転致傷事件にあっては、法益主体である被害者が宥恕したこと自体も量刑事情として考慮してよいと思われ、被害者等の宥恕の意思の表明が、被疑者による被害回復等の適切な慰謝の措置、被疑者の真摯な反省の現れに由来するものであれば、当然軽減事情として考慮されるべきである。また、そうであれば、致死事件における遺族による宥恕も、特別な事情(生前の被害者本人の意思に反する、遺族間で被害感情が分かれるなど)がない限り、同様に考慮してよいであろう。

裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』p.78

これも、刑事処分と行政処分の判定ラインを大きく違える要素だと思う。

被処分者の主張の強さ

ここまで、刑事処分と行政処分の裁定判断の違いを取り上げてきた。最後に、裁定判断以外の違いを取り上げておく。

刑事処分だと、被告人は反省を示し、温情判決を狙うという方向もあるだろう。そのため、無理筋と思えるような主張はあまり見ないと思う。逆にそのような無理筋な主張を行うと、反省がないなどの不利益な結果となることもあるように思う。

しかし、行政処分では、被処分者には無理筋な主張もしばしば見える。温情判決を狙うこともできなければ、現状よりも処分が重くなることはないという理由もあってか、ダメもとで言えることはすべて言うという方向になりやすいように思う。

たとえば「大阪地裁平成29(行ウ)11」(大阪地判平30.11.8)などは特徴的に思う。争点とする主張が8つあり、憲法違反など明らかに無理筋の主張も含まれる。

3 主たる争点
(1) 危険運転致傷罪の成否
ア 自動車運転死傷処罰法2条6号が憲法31条に違反するか
イ 自動車運転死傷処罰法施行令2条が委任の範囲を超え無効であるか
ウ 本件道路について有効な自動車の通行禁止の指定があったか
エ 原告が本件道路を「重大な交通の危険を生じさせる速度」で進行したといえるか
オ 原告が本件道路を進行したことと本件事故との間に因果関係があるか
(2) 本件各処分の量定の適否等
ア 欠格期間を定める道路交通法施行令38条7項1号ホが委任の範囲を超え無効であるか
イ 本件取消処分につき裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか(比例原則違反の有無)
ウ 本件処分基準所定の「運転者としての危険性がより低いと評価すべき特段の事情」が存在し,本件指定処分のうち,欠格期間を5年間を超えて指定した部分が違法であるか

大阪地裁平成29(行ウ)11(大阪地判平30.11.8) 原典PDF p.5~6

最後に

刑事処分との違いに取り上げた観点をおさらいしておく。結局、この違いを理解するには最低限、法学の基礎、刑法総論の理解が必要だろうという話に行き着く。

説明的な形での違い
刑事処分:過去の行為に対する処罰
行政処分:将来の交通環境の危険防止、危険性を有する運転者か

故意性
刑事処分:故意性も重要な判断要素のひとつ
行政処分:故意性は判断に含まれない

起訴有罪率99.9%
有罪が確実視できない限り起訴されないので、
不起訴といえど、有罪の可能性80%のような不起訴もあり得る。
これを行政訴訟すれば、高確率で敗訴する。

疑わしき場合の扱い
刑事処分:疑わしきは被告人の利益に
行政処分:疑わしい程度でも交通環境からの排除の理由足り得る

被害者感情(宥恕)
刑事処分:被害者感情(宥恕)は温情判決の要素となり得る
行政処分:被害者感情(宥恕)は無関係

この記事のまとめ

なお、行政裁判をいくつか眺め見るまで、刑事処分と行政処分はある程度自動的に連動されていてほしいと、当方も思っていたところではある。しかし、ことはそう単純なものではないと、行政裁判を眺め見るうちに考え直したものである。この違いはかなり勉強になった。

行政処分に至らない累積違反点数の扱い、ゴールド免許に傷がつく場合の扱いなど、刑事裁判との対比以外の面でも、運転免許関連の行政裁判にはやや特異な要素が含まれる。こういった面についても、機会があればまとめていきたいと思う。

履歴的なもの

2024/10/26:誤字や簡単な表記誤りを訂正、原審PDFによる典拠を記載
2024/10/31:事件番号に裁判所を前置


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