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沖縄エイサー祭り殺人未遂事件の解説動画への疑義まとめ
沖縄エイサー祭り、ここで自動車を使用した運転殺人未遂事件があった。これを解説するYoutube解説動画で、説明に疑問を感じた個所が複数あった。そこで、これらの点を掘り下げて確認し、まとめることとした。
以下、道路交通法を単に法、道路交通法施行令を単に令と略記する。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。
はじめに
どこに公開されている解説動画かということには触れない。
まずは事件報道をいくつか取り上げる。そののち、解説動画の中で疑問に感じた部分を中心に、説明を加えていく記事構成としている。
事件報道
自動車を使った殺人、運転殺人の未遂とされている。刑事上は殺人未遂、道交法の行政処分上は運転傷害と扱われる。
9月30日時点
10月1日時点
解説動画に対する疑義や補足解説
殺人未遂と危険運転(0:33)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものである。
「殺人未遂のほうがいいのか、それとも危険運転のほうがいいのか」という解説とともに、「殺人未遂のほうが罪が重いの?」「危険運転の方が良い?」というテロップを付けている。
危険運転の成立には、自動車運転死傷処罰法2条4号を想定しているようだ。通行妨害が成立し得るという考えのようだ。
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
この動画に限らず、解説を聞いていて、刑法総論に対する理解が十分でないように感じることがある。
自動車運転死傷処罰法は特別刑法に分類される。特別刑法は、犯罪と刑罰を規定するもののうち、刑法と名付けられた法律(刑法典)以外のものを指す。区別する際は、刑法典のことを狭義の刑法など、刑法典+特別刑法を広義の刑法などということもある。ほかに、特別刑法に対比させる用語を用いて、刑法典を一般刑法と呼ぶこともある。
刑法(刑法典)は大きく、総論と各論がある。総論は広義の刑法全般に適用される法であり、刑の種類、刑の種類ごとの上限や下限、公訴時効、正当防衛、未遂など、犯罪全般に関わるさまざまなものを規定している。対して各論は、殺人罪など、個別の犯罪を規定している。
刑法総論は特別刑法にも適用されるため、最低限これを理解しないことには、特別刑法たる自動車運転死傷処罰法を正しく理解できない。
そして、刑法総論を理解するにも前提知識が必要となる。辿っていくと、法学の基礎、刑法の基礎、刑法総論、刑事訴訟法の基礎、これくらいのことは解説するうえで理解が必要だと思う。そこに疑問を感じることが、解説の中でしばしばある。
さて、犯罪の成立をどのように判断するか。これは書籍で以下のように解説されている。
第6に、犯罪の成立を、①構成要件該当性、②違法性、③責任という順序で判断するということである。これは、それ自体として意義のあることである。すなわち、犯罪成立の有無は、客観的なものから主観的なものへ、事実的なものから評価的なものへ、形式的なものから実質的なものへと(相対的に明確に判断可能なものから、相対的にそうでないものへと)順に追って判断されるということが重要なのである。なぜなら、そうすることによって、判断の対象が順を追って絞り込まれ、判断が困難なものほど対象が限定されることになり、犯罪成立の有無という困難な判断に安定性を付与されることになるからである。
まずは構成要件該当性によって判断するということである。まずは構成要件に該当するかを確認し、どちらも構成要件に該当すれば、それ以降の要素を順に確認していくことになる。
詳細レベルの掘り下げはやめておくところ、結局のところ構成要件的故意、殺意があったか、通行妨害目的があったかということに行き着くと思う。
殺人未遂では、殺意を要する。これがなければ殺人未遂は成立しない。掘り下げれば、構成要件的結果に対する構成要件的故意という話になろうが、ここでは省く。
危険運転致傷(2条4号)は目的犯であるので、行為目的たる通行妨害を要する。これがなければ危険運転致傷(2条4号)は成立しない。他、「通行」や「交通の危険」という部分に引っかかりがあり、構成要件該当性にやや疑問がある。通行ではなく、ただその場に立っていただけでないかなど。
いずれにしても、どちらがより重く処罰できるかで罪を決めるのではない。どちらの構成要件に該当するのか、双方に該当するのか、双方に該当するなら包摂関係や補充関係など双方の関係性がどうなっているか、そのあたりで決まる。
実際のところ、以下であろう。
殺意が立証できる
→ 運転殺人未遂
傷害の故意が立証できる
→ 運転傷害
危険運転が立証できる
→ 危険運転致傷
どれも立証できない
→ 過失運転致傷
※ 上から順に判定し、該当した段階で判断終了
構成要件該当性という考えを持っていれば「殺人未遂のほうがいいのか、それとも危険運転のほうがいいのか」などという言葉は出てこない。適切な言葉は「殺人未遂に該当するのか、それとも危険運転に該当するのか」であろう。
構成要件該当性という考えを持っているか。それは行き着くところ、刑法総論に対する理解という話である。
量刑(4:13)(ほか動画全体)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものである。
量刑の決定方法に対する理解が十分でないと思う。そしてその理解のままに解説することが不適切だと思う。
自動車における死傷、つまり、殺人未遂や危険運転致傷や過失運転致傷に限定して考えれば、形式的にどの罪に該当するのだとしても、量刑は極端に大きくは変わらない。客観的には同じ態様に見える犯罪同士の比較では、それが形式的にどの罪に該当するのだとしても、量刑は極端に大きくは変わらない。
今回の事件を、殺人未遂にすれば重くなる軽くなるとか、危険運転致傷にすれば重くなる軽くなるとか、量刑はそのようには決まらない。仮に、過失運転致傷とて同じである。
例外は、法定刑を振り切る場合である。今回のケースでは、過失運転致傷の上限、7年を振り切ることは到底考えられないので、どの罪となるのかということは量刑に大きく影響を与えない。
量刑の理解には『刑の重さは何で決まるのか』が分かりやすい。専門書籍でなく一般書籍の類になるので避けていたところ、思ったよりも掘り下げて記されている。分かりやすくもあり、良書に思う。
第1章 刑法学の世界
第2章 犯罪論の世界
第3章 処遇論の世界
第4章 量刑論の世界
第5章 刑法学の新しい世界
1章~2章は法学や刑法の初学者向け書籍でカバーされる範囲であるところ、対象読者が一般だからか、かなり分かりやすい説明になっていると思う。
第3章と第5章には複雑な話題が複数混ざっていると記しておく。自由意志、懲役・禁錮から拘禁刑になる意味、死刑、被害者感情など。まだ読めていない。
第4章は、探していたものがやっと見つかったという種類の情報である。この節に絡む部分でもある。過去に「量刑検索システム」をつぶやいたことがある。このシステムも書籍内で説明されている。
話を戻し、量刑の算定要素を書籍より抜粋する。書籍にはより詳細に15種類の要素が記されているところ、ここでは省き、簡単にまとめられたものを抜粋した。
司法研究では、裁判員裁判の量刑評議における裁判員への説明として、①当該法益侵害結果の大小、②危険性のある行為の態様、③行為に出ることの意思決定に関する事情(動機目的、計画性等)を中心に考慮することが挙げられています。
第4章「量刑論の世界」
1「刑をどの程度に科すのかという問題」
上に示される①②③が「犯情」と呼ばれるものである。
殺人未遂であるか危険運転致傷であるかによって、上記①②の部分は変わらない。①②は客観的要素だからである。
そして③の部分で、殺意が認定されれば、殺人未遂が認定されるとともに、その動機目的の分だけ量刑が重くなるということである。
殺人未遂だと罪が決まったことが直接的な理由となって量刑が重くなるわけではない。殺人未遂と認定し得る犯情、具体的には③に含まれる殺意の認定によって量刑が重くなる。形式的にどの罪に該当するからというのは、直接的には関係はない。法定刑の枠を振り切らない限り。
ただ「量刑検索システム」に問い合わせる際には、罪名を条件に絞り込むこともあるだろうから、決定プロセス上は先に犯罪が決まることも多々あるだろう。ただ、そこは量刑決定の本質ではない。
量刑がどのように定まるのかということを、文献に頼らず、憶測で語っている感が強い。解説動画内では統計資料も示しているが、法定刑に幅を持たせているのは個別事情によって非難の程度が異なるからである。今回のケースに犯情がどの程度近いのか分からないような統計情報を用いても、今回の量刑がどのようになるかということの参考にはならない。
なお、行政処分では、殺人未遂か危険運転かを区別する意義はあまりない。どちらも特定違反行為であり、特定違反行為の基礎点数は、死傷程度、傷害の場合は加療期間、同じ枠組みで判断されるためである。ここは解説動画でも正しく解説されていた。
運転傷害等(6:25)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものでなく、補足的説明である。
法令との関係性を説明していなかったようなので、補足しておく。
骨盤骨折というところから、加療期間3月以上を想定しているので、同じく、加療期間3月以上と仮定とする。この場合、以下の法令によって、運転傷害等と扱われる。
121 「運転傷害等(治療期間三月以上又は後遺障害)」とは、自動車等の運転により人を負傷させ又は建造物を損壊させる行為で故意(人の殺害に係るものを含む。以下この表において同じ。)によるもの(建造物を損壊させる行為にあつては、当該行為によつて人が負傷した場合に限る。123及び125において同じ。)のうち、負傷者の治療期間(負傷の治療に要する期間(負傷者の数が二人以上である場合にあつては、これらの者のうち最も負傷の程度が重い者の負傷の治療に要する期間)をいう。以下同じ。)が三月以上であるもの又は負傷者に後遺障害(負傷が治つたとき(その症状が固定したときを含む。)における身体の障害で国家公安委員会規則で定める程度のものをいう。以下同じ。)が存するものをいう。
運転傷害等には「人の殺害に係るものを含む」と括弧書きがある。この言葉は直前の「故意」に掛かっている。つまり、この「故意」とは、傷害の故意だけでなく殺意を含むという意味である。殺意を持って、傷害の結果に留まった場合も、運転障害等となる。
同様のことは、運転殺人等にもいえる。運転殺人等の項に「故意(人の傷害に係るものを含む。)」とある。傷害の故意をもって、死亡の結果に至った場合も、運転殺人等となる。
119 「運転殺人等」とは、自動車等の運転により人を死亡させ又は建造物を損壊させる行為で故意(人の傷害に係るものを含む。)によるもの(建造物を損壊させる行為にあつては、当該行為によつて人が死亡した場合に限る。)をいう。
救護義務違反(6:57)(その1)
この節は、解説動画の明確な誤りを説明するものである。
行政処分の違反点数の算定に誤りがある。依然として、救護義務違反35点は、運転傷害55点に吸収されると思っているようである。
そのまま逃げているので轢き逃げという状況にもなりますが、轢き逃げは35点なので、おそらく今回、運転という部分の行政処分という部分で考えると、こちらで55点。
救護義務違反35点は、先行する事故の基礎点数に吸収されない。このことは別記事に記したとおりである。
上の記事に記したことを別の表現でまとめてみる。
違反点数は、違反ごとに算定され、合算される。ただし、「社会通念上、同一人の人格的態度の発現と見られる違反行為を連続して行った場合」は、瞬間的同時違反と扱われ、最も高い点数のものに吸収される。
付加点数は事故発生時に付加されるものである。そしてその際の基礎点数は、事故の原因となる違反によって決められる。
救護義務違反は事故後の行動における違反であるため、事故の原因となる違反とはなり得ない。そのため、事故の原因となる違反と救護義務違反は瞬間的同時違反とは扱われず、一方が他方を吸収することもない。
神奈川県警察の点数制度による運転免許の取消し・停止を見るのも分かりやすい。神奈川県警察サイトに類例が記されている。
運転殺人が既遂となったうえでの救護義務違反の場合、運転殺人62点と救護義務違反35点が加算されて97点になることが記されている。これと同様に、今回のケースでも同様に、加算される形で計算される。
運転免許の取消し・停止処分が行われるとき
免許の取消処分が行われるとき
例1 処分前歴なしの場合
運転殺人等62点 + 救護義務違反35点 = 97点(10年間の取り消し)
掲載されている図を計算式で表したもの
今回のケース、運転傷害(故意)45~55点+付加点数13点+救護義務違反35点=93~103点80点~90点となる。70点以上であるので、前歴関係なく免取、欠格期間10年であろう。
(2024/12/17訂正)
運転殺人や運転傷害には付加点数はつかないため、その点を訂正した。前記、神奈川県警察が示している運転殺人等を例示した違反点数の算定で、付加点数がついていないことからも分かる。
救護義務違反(6:57)(その2)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものでなく、補足的説明である。
救護義務違反には、もうひとつの観点がある。救護義務違反の成立には、道路性が問われる。
過失運転致死傷は保護法益が生命身体であるため、道路性が要求されない。他方、道交法は交通の円滑等を主目的とするため、道交法の違反は全般的に道路性を要求される。救護義務違反もまた、道路性を要求される。
今回の事件現場は祭り会場である。報道動画を見る限り、道路性を満たせる気がするところ、もし道路性が否定される場所であれば、救護義務違反も否定される。
2 救護措置義務(1項前段)
イ 「交通」とは
道路、すなわち歩道や路側帯をも含めた道路上における交通の意味である。道路以外の場所で車両等の走行により人が死傷し、物が損壊しても、交通事故とはならない。……。結果発生の場所が道路上でなくても、道路上の車両等の交通に起因する事故は含まれる。……
救護義務違反が否定されれば、刑事処分も行政処分も救護義務違反で問われることはない。この場合は、動画解説のとおり、運転傷害(故意)45~55点+付加点数13点=違反点数58~68点となるだろう。
なお、刑事処分で救護義務違反は問われないとはいうものの、救護しなかったことは犯情には影響する。これまた、形式的に救護義務違反に該当しないことは、量刑に大きく影響しないという話である。救護義務違反に問われないことで量刑の頭打ちとならない限りは。
殺人未遂(8:25)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものでなく、補足的説明である。
殺人未遂は、殺人罪と同量刑と解説されている。
殺人未遂は、殺人罪と同量刑ですが、実際には懲役3年~15年の間で、半数は懲役3年~7年程度になると言われています。
確かに、殺人罪と殺人未遂罪で法定刑を変えているわけではない。
(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
(未遂罪)
第二百三条 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。
しかし、解説動画で解説されていなかったところ、未遂罪には任意的減軽の規定がある。任意的減軽とは、裁判所の判断によって減軽できるというものである。そして、減軽する場合には、刑の種類を選んだ後に、刑の種類に応じて減軽される。殺人未遂の場合に死刑や無期懲役となることは考えづらく、有期懲役が選ばれることになるだろう。有期懲役の場合、減軽によって刑の短期と長期がそれぞれ半分になる。
(未遂減免)
第四十三条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
(法律上の減軽と刑の選択)
第六十九条 法律上刑を減軽すべき場合において、各本条に二個以上の刑名があるときは、まず適用する刑を定めて、その刑を減軽する。
(法律上の減軽の方法)
第六十八条 法律上刑を減軽すべき一個又は二個以上の事由があるときは、次の例による。
三 有期の懲役又は禁錮を減軽するときは、その長期及び短期の二分の一を減ずる。
この減軽により、「5年以上、有期懲役の上限20年以下」→「2年6月以上、10年以下」となる。あるいは併合罪がある場合には最長、長期が「30年以下」→「15年以下」となる。
この事情を踏まえて、半数は「懲役3年~7年程度になる」という話である。
なお、この未遂規定もまた、刑法総論に含まれるものである。
無免許運転加重(17:20)(その1)
この節は、解説動画の明確な誤りを説明するものである。
今回の事件、運転者は無免許だったという。
危険運転致傷に対する無免許運転加重の解説が、明確に間違っている。
そして危険運転というもの、こちらのほうというのは人を負傷させた者は15年以下ということなので、いくつ以上というのがあります、そこのところが無免許になるとここに6か月というものがつきます。だから6か月以上の15年以下というのが危険運転だと該当するということになってくるんですね。
以前のつぶやきの話である。
危険運転致傷の量刑と無免許運転加重を規定する法令は以下のとおり。
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
(無免許運転による加重)
第六条 第二条(第三号を除く。)の罪を犯した者(人を負傷させた者に限る。)が、その罪を犯した時に無免許運転をしたものであるときは、六月以上の有期懲役に処する。
危険運転致傷の法定刑は「十五年以下の懲役」であり、短期は条文に明記がないので1月である。そして、無免許運転加重によって短期が6月に置き換わるだけだと、動画主様は理解しているようだ。
しかし実際はそうではない。短期と長期の両方、法定刑全体が置き換わる。そして長期の指定はなく、単に「有期懲役」とだけあるため、短期は6月、長期は有期刑の上限たる20年となる。
(懲役)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
ネットで確認できる公的な情報として、内閣府の説明を記しておく。15年を無免許運転加重すると「6月以上20年以下」になることが明記されている。
無免許運転による加重の新設
自動車の運転により人を死傷させる罪を犯した時に無免許運転であったときには,以下のとおり加重した法定刑とする。
(人を死傷させる罪)(無免許運転による加重)
15年以下の懲役 → 6月以上20年以下の懲役
12年以下の懲役 → 15年以下の懲役
7年以下の懲役 → 10年以下の懲役
新法施行関係〔制定趣旨及び適用(検挙)状況〕
動画主様は、「六月以上の有期懲役」の「有期」がついていることに疑問を持たなかったのだろう。短期を置き換えるだけ、長期は15年のまま据え置きであれば、「有期」などとつける必要などないのである。長期15年のままなら、いうまでもなく有期なので。
これまた、刑法総論への理解不足だと思う。
無免許運転加重(17:20)(その2)
この節は、解説動画の不適切さを説明するものでなく、補足的説明である。
無免許運転加重には、もう一つ観点がある。
救護義務違反のところに記したのと同様、無免許運転もまた、道路性が要求される。仮に道路性が認められないと、無免許運転が否定され、無免許運転加重も否定されることになる。
三 「無免許運転」とは
……
なお、法第1条2項において「無免許運転」とは、「……道路(道路交通法第2条1項1号に規定する道路をいう。)において、運転することをいう。」と規定されていることから、交通事故を起こした場所が道路交通法第2条1項1号に規定される道路以外の場所であった場合、本罪(当方注、6条、無免許運転加重)は適用されず、法第2条から第5条までの罪のみが成立する。
その場合、つまり道路性が認められない場合、逃走し公道に出たことによって、無免許運転加重ではなく、事故とは独立して無免許運転罪が成立する。無免許運転は3年以下の懲役のため、併合罪により、長期が15年→18年となる。無免許運転加重の長期は20年のため、それよりはやや軽いものとなる。
四 「罪数関係」
本条各項の罪が成立する場合の無免許運転については、道路交通法の無免許運転は個別に成立しないが、その罪を犯した時以外の無免許運転と本罪は、併合罪となる。
第百十七条の二の二 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 法令の規定による運転の免許を受けている者(第百七条の二の規定により国際運転免許証等で自動車等を運転することができることとされている者を含む。)でなければ運転し、又は操縦することができないこととされている車両等を当該免許を受けないで(法令の規定により当該免許の効力が停止されている場合を含む。)又は国際運転免許証等を所持しないで(第八十八条第一項第二号から第四号までのいずれかに該当している場合又は本邦に上陸をした日から起算して滞在期間が一年を超えている場合を含む。)運転した者
なお、道路性が認められる場合には、事故に対して無免許運転加重される代わりに、逃走時の公道での無免許運転は、別途、罪に問われることはない。これは、事故時の無免許運転と逃走時の無免許運転が、接続犯と扱われるためである。
犯罪の個数は、社会通念から見た犯罪の行為の回数、法益侵害の回数、犯意の個数等種々の観点から総合的に観察して決すべきところ、無免許運転の罪は、特定の日に特定の車両を運転したときに、社会通念上一回の犯罪行為がなされ、そのつど道路交通の安全と円滑に対する危険が生じたものと考えられるから、たとえ範囲が数回にわたって同一又は類似のものであるとしても、特定の日に特定の車両を運転した毎に一罪が成立する。
昭51.10.18東京高裁
逮捕の役割(19:07)
解説動画内で、以下のテロップが付いている。
逮捕された後は、刑務所入るのか?
この解説動画に限らず、加害運転者が逮捕されるかということを殊更に解説しており、逮捕の役割を誤解しているように思う。
逮捕は刑罰ではない。刑罰に先行的して実施される仮刑罰ではない。司法手続きに支障を生じさせないための手段でしかない。逃亡や罪証隠滅があっては適正に司法手続きを行うことはできないので、それらを防ぐための手段として行われていることである。逃亡や罪証隠滅など、適正に司法手続きを行うことができなくなるおそれがある場合に、逮捕が行われる。
Ⅳ 通常逮捕の要件
裁判官が逮捕状を発することができるのは、適切な請求手続きがとられ(形式的要件)、かつ逮捕の理由と必要性(実体的要件)が存在する場合である。……
2 逮捕の必要性要件
(1) 逮捕の必要性の意義
逮捕の必要性とは、逃亡または罪証隠滅のおそれがあるため、身体の拘束が相当であることを意味する。刑訴規143条の3は、明らかに逮捕の必要がない場合として、「逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等」と規定するが、この「等」は、逃亡または罪証隠滅のおそれがあっても、具体的状況によって、逮捕するのが相当でないとか、逮捕するまでもないと判断しうる場合をいう。
5 逮捕の必要性
緊急逮捕については、通常逮捕の場合のように、逮捕の必要性に関する明文規定(刑訴199条2項但書)は存在しない。緊急性の概念の中に必要性を含ませる見解もあるが、緊急性と必要性とは本来異質の要件である。しかし、急速を要し裁判官の逮捕状を求めることができないという規定の趣旨は、逮捕時に通常逮捕の要件が備わっていることを当然の前提とするから、緊急逮捕の場合にも必要性は要件となっていると解する。
Ⅴ 現行犯逮捕の必要性
現行犯逮捕については、逮捕の必要性を要求する明文規定がない。また、現行犯逮捕は私人もなしうること(刑訴213条)、軽微な事件についても許容されること(刑訴217条)などを理由に、現行犯の場合には逮捕の必要性は要求されていないとの見解もみられる。
しかし、明らかに逮捕の必要のない場合は、身柄を拘束する実質的根拠に乏しく、現行犯逮捕についても、必要性は要件となっていると解すべきである(※146)。
※146 大阪高判昭60.12.28判時1201号93頁。
逮捕の必要性要件が守られているのか疑わしい場合もあろうが、逮捕の役割を正しく解説してほしいものである。そのような解説が行われないなら、逮捕=悪いことをした人という報道姿勢のメディアと変わらないと感じる。
過失運転致死傷の起訴率(19:12)
この節は、補足的説明である。
解説動画では、過失運転致死傷の起訴率を解説していた。統計情報を使って単純に解説するものだった。8割以上は不起訴という解説。
8割以上が不起訴になるのは、起訴が死傷程度に影響されることと、9割が軽傷であることが理由であろう。
その他
危険運転致死傷罪の不起訴率
ここは興味深いと感じた。解説動画では掘り下げたものはなく、単に不起訴率を紹介していた程度だったものの、これまで気づいていなかった観点だった。
過去に過失運転致死傷の起訴率を記事にまとめたことがある。
上の記事を作成するときには気づかなかったところ、危険運転致死傷は不起訴24.5%となっている。およそ4件に1件は不起訴ということになる。解説動画では資料の年次が異なるため、やや数値が異なるもの、傾向は似ている。
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上の記事を作成するとき、過失運転致死傷の起訴状況をまとめている。下の太字にしたものは、原則公判請求と扱われるものである。
過失運転致傷(p.189)
加療1月未満
原則は罰金刑または起訴猶予処分
加療1月~2月
通常の過失なら罰金刑または起訴猶予処分
重大な過失に限り公判請求
加療3月~
原則公判請求
加療6月~
ほぼ公判請求
過失運転致傷と道交法違反の併合罪(p.208~209)
加療1週間未満
過失運転致傷では処理せず、道交法違反のみで処理
加療1週間~
原則公判請求
過失運転致死(p.207)
原則公判請求
上記を見ると、過失運転致死傷ですら「加療3か月」「併合罪付き」「致死」のいずれかを満たせば、原則公判請求といえることになる。
危険運転致死傷は過失運転致死傷よりも扱いが重いと推測できる。それでもなお、危険運転致死傷の4分の1ほどは不起訴になるとはどういうことだろうか。
『裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』では、不起訴に関する分析は行われていなかった。とはいえ、過失運転致死傷と同様の傾向があるのではないかと思う。つまり、致傷に留まり、加療期間が短く、他の併合罪がなければ不起訴となるのかもしれない。ただ、過失運転致傷でも加療3か月を越えれば原則公判請求ということは、たとえば、危険運転致傷では加療1か月以上で原則公判請求といった感じなのかもしれない。
それでも疑問なことは、危険運転致傷の場合、危険運転行為そのものが多くは道交法違反である。これが不問になるというのは考えづらいようにも思う。
『裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』の「過失運転致傷と道交法違反の併合罪」には以下の説明がある。
6 過失運転致傷罪と道交法違反の併合罪の事案の検討
イ 加療期間1週間未満の事案について
……
推測の域を出ないものの、加療期間3日や5日の過失運転致傷罪と道交法違反の併合罪の事案は、傷害結果が極めて軽微なため過失運転致傷罪で処罰する必要性は高くなく、また、医師の診断根拠が被害者の自主申告のみで客観的証拠がない場合も多く、傷害の立証の確実性をも考慮し、過失運転致傷罪では処理せず、道交法違反のみで処理することがあるのではなかろうか。
これと同様に、危険運転行為を道交法違反で処理している可能性はあるかもしれないと思った。警察から危険運転致傷で送致されてきたが、証拠に欠けるので、危険運転致傷を不起訴としつつ、道交法違反で処理しているといったように。
このあたり、有効な資料があれば、記事にとりまとめてみたいところである。