先日のつぶやきを、もう少し掘り下げてまとめることとした。
事故を起こして救護措置義務違反や報告義務違反をしている場合、その車両の同乗者に対してどのような法令が適用されるか、その点のまとめとなっている。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。
救護措置義務や報告義務
交通事故の加害あるいは被害があった場合、負傷者がいれば救護措置義務、そして救護者の有無にかかわらず警察への報告義務がある。
これは、道路交通法72条1項に記されている。
この条文解釈には様々な観点がある。この記事では、同乗者に適用される法令を中心にまとめている。この観点に絞ると、果たすべき義務と義務を課せられた者の理解が必要と思う。
果たすべき義務
この条文は、大きく前段と後段に分かれる。前段は救護措置義務、後段は報告義務と呼ばれる。
前段の救護措置義務は大きく、運転停止、負傷者有無や二次被害防止措置要否の確認、負傷者がいる場合の救護、二次被害防止措置が必要な場合の措置となっている。
運転停止義務は、負傷者有無や二次被害防止措置要否の確認を行うために必要と、書籍では解説されている。
昭39.10.13東京高裁はネット公開されているため、こちらも確認してみるともう少し掘り下げた説明も見える。
後段の報告義務は、警察への報告義務となっている。条文上は現場の警察官あるいは最寄りの警察署となっているところ、後者は現実的には110番通報となるだろう。
義務を課せられた者
条文上は「当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員」に義務が課せられている。「運転者その他の乗務員」を合わせて「運転者等」と記している。
救護措置義務は運転者等に課せられる。報告義務は、運転者に課せられ、それが叶わないときには、運転者以外の乗務員に課せられる。
「その他の乗務員」はどのような範囲になるか。典型的には、バスのガイドなどが「その他の乗務員」にあたる。私用の運転における単なる同乗者は、「その他の乗務員」にはあたらない。書籍解説では以下のようになっている。
タクシーの助手とはあまり聞き慣れない。昔のタクシーには助手が乗っていて、ガイドやナビなどの役割をしていたと聞く。助手席という名前もここから来ているらしい。
「当該車両」には、いわゆる加害車両に限らず、被害車両も含まれる。書籍では以下のように解説されている。
つまり、被追突車のような一方的被害者である場合でも、飲酒等の後ろめたい事情などにより救護措置義務や報告義務を怠れば、法72条1項に違反することになる。
救護措置義務や報告義務の妨害
救護措置義務や報告義務の妨害を行うと、道路交通法73条に違反する。
妨害禁止の対象者
妨害禁止の対象者は、「当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者」かつ「当該車両等に乗車している者」となる。
前半、「当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者」は前72条前段の義務者と相反する条件となっている。
前節で示した図を再掲する。
事故に関与した車両に乗車している人は、運転者等であれば法72条の救護措置義務、運転者等以外であれば法73条の妨害禁止の義務、どちらかの義務を負う。
禁止されている妨害行為
救護措置義務や報告義務を妨げる行為を禁止している。
物理的力の行使による妨害というのはあまりイメージできない。口頭によるものはイメージしやすい。威圧的な場合のほか、唆す場合も、妨害となる。飲み仲間が車での帰路で事故を起こし、同乗者が運転者に「逃げろ」というケースでも、妨害足り得る。
教唆犯との関係
同乗者の教唆によって、運転者が救護措置義務や報告義務を行わない選択をすると、道路交通法73条違反ではなく、道路交通法72条1項の教唆犯(刑法61条1項)に問われる。
教唆犯は正犯と同じ刑に問われる。道路交通法73条違反は罰金に留まるところ、道路交通法72条1項の教唆犯は、救護措置義務違反や報告義務違反と同じ刑となるため、懲役もあり得る。
教唆とは、犯意なき者に犯意を惹起させ着手させる行為を指す。これは、教唆を試みても、犯罪に着手させることができなければ、教唆犯は成立しないことを意味する。書籍には以下のように示されている。
この記事でいう正犯とは、運転者等の救護措置義務違反や報告義務違反を指す。そのため、運転者等が救護措置義務や報告義務を果たしている限り、正犯は成立しない。正犯の着手まで成立しないと、教唆犯も成立しない。
しかし、正犯が成立しない状況を補完する形で、本罪は規定されている。正犯が成立しなくとも、教唆を行ったものを処罰するため、本罪が規定されている。
図にすると以下のようになると思う。
法73条が規定されていることにより、黄色部分の法適用が変わる。この規定がないと、②の場合に教唆した者は罪に問われない。②の場合でも教唆した者を処罰可能とするよう、法73条が規定されている。
②③④はそれぞれ、書籍で以下のように解説されている。
同乗者に適用される他の法令
法73条以外に、同乗者に適用されることが想定される法令を記しておく。
共同正犯、幇助犯
前節の図の④、運転者等がもともと逃走するつもりであっても、運転者等の逃走を助勢するような行動を同乗者がとると、共同正犯や幇助犯が成立する余地がある。
共同正犯と幇助犯の区別ははっきり分からない。『新・コンメンタール刑法第2版』の解説に基づけば、共謀とそれに基づく実行行為があれば共同正犯、助言・激励等の精神的方法による援助に留まるなら幇助犯となりそうに思う。ただその境界線をイメージしづらいと思った。
飲み仲間が車での帰路で事故を起こし、逃げようとする運転者に同乗者が「逃げろ」と言う行為。運転者にもともと救護の意思がなければ、教唆は成立しない。この同乗者の行為は、一緒に逃げるという正犯意思を持った共謀なのか、逃げる運転者を精神的に援助しているに過ぎないのか。また、どの程度の積極さがないと犯罪は成立しないのか。
『交通事故判例百選 第5版』にも救護措置義務違反まわりの記載はなかった。
犯人蔵匿罪、証拠隠滅罪
前項に示した『新・コンメンタール刑法第2版』p.157~158にあるように、犯人蔵匿罪(刑法103条)が成立する余地がある。
自身が共同正犯や幇助犯や教唆犯に問われなくとも、運転者あるいは左記の罪に問われる同乗者を蔵匿あるいは隠避すると、犯人蔵匿罪(刑法103条)に問われる。
また、事故車の処分や修理など証拠隠滅に関与すれば、証拠隠滅罪(刑法104条)やその幇助犯や教唆犯に問われる。
最後に
救護措置義務違反は、倫理的問題も当然のこと、運転者も割に合わなければ、同乗者も割に合わない。同乗者が仮に轢き逃げを唆すようなことを言っても、思いとどまるようにしてほしいと思う。それは、被害者のためでもあり、同乗者のためでもあり、自身のためでもある。
最後に、轢き逃げの有無による量刑傾向を記しておく。
『裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』では、第一東京弁護士会の『量刑調査報告集』を用いた量刑傾向の検討が記されている。この報告書の3・4・5(平成17年4月~平成28年9月)を用いた検討で、救護措置義務違反は重く扱われていることが分かる。
過失運転致死罪の場合であっても、道交法違反が併合しないケースでは執行猶予が付くことが多い。しかし、轢き逃げをするとほぼ実刑となる。
すでに道交法違反がある場合でも、轢き逃げの分の上乗せを行わないことに意味はある。即死であり救護措置義務が課されない場合でも、報告義務違反の分を上乗せしないことに意味はある。また、致傷どまりになれば被害程度を理由として量刑が軽くなることが期待できる。
過失運転致傷罪の場合、加療期間が量刑の重要なファクターを占める。しかし、道交法違反との併合罪となると、同程度の加療期間と比して重く扱われる。轢き逃げも道交法違反(法72条1項)であり、重く扱われる要素のひとつとなる。下記事例1など、轢き逃げがなければ公判請求もなかったかもしれない。
致死で触れたことと同様、轢き逃げの分の上乗せを行わないことに意味はある。早期の治療によって、致死を避ける、後遺障害を避ける、より軽い致傷どまりになる、こういったことで量刑が軽くなることが期待できる。