人肉
腹が減れば、生きるために、自分以外の生物を殺し、食べる。生きるとは、殺すことだ。
アズラーイールという天使も例外ではない。腹が減れば、生きるために、自分以外の生物を殺し、食べる。人間と異なる点は、アズラーイールは贅沢をしない。本当に腹が減ったときだけ、人間を殺して、食べる。人間だけを殺して、食べる。人間と違って、無駄に多くの種類の生物を殺し、食べる、なんてことはしない。鳥や豚や牛を食べることはしない。過剰な殺しは決してしない。必要なぶんだけ、自分の国である天国に人間を持ち帰り、手際よく捌き、食べる。骨以外、残さず、有り難く食べる。
人間界では、天国という言葉が理想郷の代名詞のように用いられているが、アズラーイールにはそれが不思議で仕方がない。天国には高層ビルもないし、繁華街もない。植物が生い茂っているわけでもない。家畜もない。殺風景なものだ。ましてや「天国から見守ってくれている」とか、「天国に居る○○も喜んでいると思う」という人間の考え方は不可解だ。実際、見守ってもいないし、喜んでもいない。ただ単に、アズラーイールの命を繋ぐための食べ物となり、糞尿となり、天国の土となっているだけなのに……。人間というのは、見たことのないものを過度に恐れるか、過度に美化する質がある。
1年に1度、アズラーイールは幼児を食べる。通常は10代、20代、たまに30代の人間を食べるが、1年に1度、アズラーイールは幼児を食べる。幼児の血はアズラーイールの寿命を延ばすからだ。幼児の血は、天使界ではクロームと呼ばれ、若返りの血として、大切に、有り難く飲まれる。人間界で子牛の肉や子羊の肉が「美味しい」とか「美容に良い」と言われているように、天使界でも幼児の肉は美味しいし、何より寿命を延ばしてくれる。
ちなみに、アズラーイールの食べ物として天国へ持ち帰られた人間は、人間界では「行方不明者」とか「失踪者」と言われている。たまに「被害者」として扱われ、そのため冤罪に泣く者がでるという、実に気の毒な話もある。