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短編置き場

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僕の書いた短編小説たちが置いてあります。完全に不定期更新です。
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#大学生

夏は嫌いだ。

夏は嫌いだ。

 夏は嫌いだ。
 命の輝きと、その耳をつんざくばかりの主張に、気がめいりそうになるから。
 照り付ける日の光に、心の底からの吐き気を混ぜて、湿り気と、空虚を、はにかんだ笑顔で誤魔化しながら、大きく二、三度息を吸う。するとどうだ。今度は、どうしようもない淋しさに駆られるのだ。
 ヒグラシの声が何度も何度も僕のことを内側から壊そうとしてくる。まるで、僕の中にある生きる意志を否定するかのように。あの都市

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初めての文章

初めての文章

 初めて文章を書いたとき、それは僕がまだ母のひざの上にいたころだった。ボールペンでノートがぐしゃぐしゃになり、真っ黒に染まるまでびっしりと文字を並べて書いたその文章を、僕はつい最近見つけた。本当の意味での処女作だった。ある探偵が、船の上の奇妙な殺人に巻き込まれる。目が覚めたら10人が同時に死んでいた。テロ小説みたいじゃないかとさえ思った。でも、このころの僕の文章は、まだまだ洗練されてはいないとはい

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むかしむかし、

むかしむかし、

 むかしむかし、あるところに二匹の魚がいました。神様は最初に作ったその二匹の魚に、名前をそれぞれ付けました。金色の尾びれがある方が「幸福」で、銀色の尾びれがある方が、「不幸」といいました。

 彼らは、同じ海の中に生まれ落ちました。幸福は海に落ちたことを喜びました。

「ああ、神様ありがとう。生きることができて本当によかったです。不幸と一緒に、これから先、幸せに生きることをあなたに誓いましょう」

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死に場所を探していた。

死に場所を探していた。

死に場所を探していた。できれば君の隣がよかった。
そう考えたのは、これが初めてのことではない。ずっと前にも、同じことを考えた。君と出会う前に、半年ばかり付き合っていたある女の子のことだ。その時も、今も、僕は隣で死にたいと思っていた。暖かい日差しの差し込む縁側で、君のそばでこくり、こくりと居眠りをしたいと思っていた。そう思うことは、悪いことではないはずだった。
 病院のベッドの上で目を覚ました時、第

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【小説】バーテンダー【短編】

【小説】バーテンダー【短編】

 ハワイに2週間ほどの旅行に出かけた時、たまたま知り合ったマスターは、身一つ、恋人も連れずにただ気持ちの向くままにハワイへやってきた僕のことを「Lonely boy(ひとりぼっちの少年)」と呼んだ。確かに、白髪交じりの体格のいい彼に比べれば、貧弱で痩せていた不健康そうな僕は「ボーイ」と呼ばれてもしょうがなかった。半分馬鹿にしながらも、なんだかんだで僕を気に入ってくれた彼は、閉店時間になっても居座る

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【短編】【小説】主人公は死ななくてはいけない

【短編】【小説】主人公は死ななくてはいけない



 その日、少しだけ早く目を覚ました。朝焼けを見るためだった。それ以外に特に理由はなかったし、理由を必要としなかった。朝の身支度を手短に終わらせる。冬の寒さは、目を覚ましたばかりの身に応えた。厚手の、少し色落ちした古いコートを身にまとい、首を少しだけ傾けた。鏡の僕は、不満そうだった。顔を洗ってやると、垢ぬけた、底の見えない深淵のような顔が現れた。
 大通りから少しだけ内側へ入った路地の、小さな

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パソコンの中で眠っていた駄文 その2

パソコンの中で眠っていた駄文 その2

 その日はNの葬式があった。Nは僕の数少ない友達である。友達といっても、たまに煙草の火を貸しあう程度の仲だったのだが、その程度には交流がある仲だった。中肉中背。どこをとっても平凡で、写真を撮ると風景や周りの生徒の中に埋没してしまうような男だった。そんな男だったから、名前すらまともに覚えることが出来ていない。最後に彼と会ったのは三年前で、その時もパッとしない雰囲気がしていた。凡庸なその表情のどこにも

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パソコンの中で眠っていた駄文その1

パソコンの中で眠っていた駄文その1

どうして、こんなに苦しい思いをしなくちゃいけないのか、僕には分からなかった。少なくとも、すべてがどうでもよくなって、歩いてどこか遠い場所に行こうと思ってから、そのことについてはなるべく考えないようにしていた。そのためにも、クラスメイト達からいつ届くか分からないメッセージの脅迫を、燃えるごみのあの空っぽな闇の中に投げ捨てて、急がねばならぬ急行列車の切符を、各駅停車のそれに交換した。車窓を流れる大海原

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夢は1ペンス

夢は1ペンス

僕の夢は、
1ペンスにも満たない。
卑猥な娼婦の快楽に溺れ、
現を抜かして息をする。

互いも知らず、
溺れるままに、
我は王子
欲に生きる者。

「欠乏」

「欠乏」

誰しもが、
膝の内に、
胸の内に、
思い出に、
こころに、
欠乏を抱えて、生きている。

欠けていることに
満たされて、
満たされることに、
飢えている。

自分はきっと、
いつまでも、
満たされないのだと
気が付いて、

はじめて、愛することができる。
誰かを満たすことで、
己の欠乏を、忘れるならば。

かつて神と呼ばれた子供たち

かつて神と呼ばれた子供たち

かつて、神と呼ばれた子供たちがこの世界にはいた。
彼らは、神として称えられ、その血肉を神の為に捧げられた。
胎盤が剥がれ落ちる過程は、神から子供が「堕ちる」ものだと言われた。
それゆえ、彼らの母親は、腹に宇宙を抱えていた。

神話は人を形作る。
神話が人の生まれを語るとき、人はそこに自らのアイデンティティを見出す。神と呼ばれた子供たちは、いつの日か神を称え、また子供を天から降ろし、神へと返すために

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太陽が支配者ならば

太陽が支配者ならば

太陽が支配者ならば、月はその陰に隠れた賢者だろうか。だが、道化師であるかもしれない。日ごとに姿を変え、形を変え、死と再生を繰り返す。その様を神に例えた古代の人々は、そこに神聖なるものを見出した。

太陽が光ならば、月は闇だろうか。だが、その身で照らすこの夜は、やはり太陽の光の演出であって、さながら月は間接照明のようだった。僕の机の上にもあるそれは、神話には似ても似つかぬ便利さを秘めている。

太陽

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実存と神についての小休止、あるいは

実存と神についての小休止、あるいは

私が息を吸うと共に、私が神を流れ込ませる。すべては光となって闇に落ち、隠れていた物は明らかになる。私は一切の無なる有として、神の前にひれ伏し、ただその言葉をもって神の御前に跪かん。

あぁ、我らが神”実存”よ。どうかその力をもって我らを導き給え。
生きる意味とは、生きながらえることの本質なのか。それとも投企された一縷の細い糸なのか。縋ることでしか、この世という地獄から逃れ得ぬ、災厄なのか。あぁ、「

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見落とし

見落とし

人間は時々、いろんなものを見落とす。僕の場合は、自分の存在意義だった。どうしてこんなに苦しい思いをして、それでも1日を生きなきゃいけないのか、まったく分からない。盲目の賢人が、なお盲目で在ろうとする理由はそこにあるのかもしれない。見ることができなければ、見落とすことなどありえないのだから。冬の寒空を眺め、アスファルトのジャングルを歩きながら、こんなことを考えていた。寂しさが路肩を通り過ぎて、風とな

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