無料連載小説|紬 1話 女
大学病院の口腔外科に勤めていた頃、六月の雨除けにはレザージャケットを使っていた。昔ライブに出る際に着ていたダブルのライダースジャケットだ。雨が止むと傘は邪魔になるが、ジャケットは着ればいい。両手が塞がらない。俺はいつも梅雨の大雨に打たれながら、ノートPCを入れたバッグを抱えてジャケットを被って帰った。口腔外科は帰りが遅い。ちょうどいい時間になる。
この時間に帰ると、傘を差している学生風の女が歩いている姿が必ず目に入る。大学の周りには寂れた飲み屋街があり、寂れていると言えど学生たちはそこで酒を飲むからだ。俺が病院を出る時間は夜の十一時過ぎ。こんな時間に家に帰ろうとしている女は、まともな女の確率が高い。特に服装も性的でければ場慣れしていない女だと判断して間違いない。そして独り歩きしているということは確実に馬鹿なお嬢ちゃんだ。この飲み屋街には組事務所が三件ある。世間を知りませんと言っているのと同じだ。こんな女を見つけたとき、俺はまずバッグをジャケットで包む。そして小走りで女の横を通り過ぎ、振り返る。
「ちょっとごめん、傘に入れてもらえないかな。ノートPCが入ってるんだ。データが消えてしまうと困る」
これまでそうやって話しかけたところ、全ての女が一度驚き、状況を把握し、俺の顔を一瞥して傘の中に入れてくれた。そんなにあっさりと傘に入れてくれるものかと思うかもしれないが、実際にやってみるとすんなり入れてくれる。10代の頃から30歳になった今でもこんなことを続けている俺の演技力によるものなのだろう。もっとも引っ掛けれる程度のツラはしているんだろうが。
女は女で傘に入れておきながら、どうしたらいいか戸惑う。
「雨宿りをしたいけれど、酒を出す店に一人で入るのは気が引ける。付き合ってくれないかな?」
梅雨の時期は雨の数だけこれを続けてきた。一年に何日降るのか知らないが、これまでの梅雨だけで100人のご新規さんを迎えていると計算できる。飲み会後の女っていうのは楽だし安く上がる。酒は飲んでいるようだから、ロングアイランドアイスティーが3杯もあれば片付く。一杯500円掛ける3。俺の分も足して3000円。安い風俗が路上に転がっている。