無料連載小説|紬 5話 高校一年生
入学してすぐの私は女の子らしく、弾き語りに挑戦しようと思っていた。妹の麻穂はピアノを習っていたのでキーボードを弾くつもりだったらしい。先輩たちと楽器を選びに行ったところ、私に勧められたのはヤマハのエレアコだった。今でも大事に持っている。病院に持ち込めないから長い間触ってないけど。お父さんとお母さんにギターがほしいというと、入学祝いに買ってくれた。
ギターを手に入れてからしばらくはFというコードが押さえられずに苦しんだ。だけどギターはFが押さえられるようになると、たくさんの曲が弾けるようになる。だからFを覚えてからは弾ける曲が一気に増えた。一年生の六月くらいだったんじゃないだろうか。
その頃にはもう先輩と付き合っていたから、私は洋楽の弾き語りをしていた。先輩が一番好きだと言ってたニルヴァーナっていうグランジバンドが出しているアコースティックのライブアルバムを渡されたから、練習場に使わせてもらっていた教室で一人、ニルヴァーナの曲を歌っていた。可愛い女の子が可愛くない曲を歌っていると可愛く見える。みんなに言われた。人には美人だと言われてきたから、それなりなんだろう。
そして教室で歌っていると、麻穂が入ってきた。私は一人で歌っている。気まずい。そう思ったけど彼女の笑顔は優しかった。
「二人で一緒にやらない?」
妹が相棒に変わったのは高校一年生の六月だった。彼女は私が選んでくるマニアックな曲を持っていっても、いつも笑顔を見せてくれる仲の良い双子姉妹だった。
ちょうど11月頃だ。私は先輩に別れを切り出された。部室で先輩に押し倒されたので逃げ出して帰ってきた翌日のことだ。泣いている私を麻穂は必死で慰めてくれた。こんなことでも、十代にとっては真剣だ。私がフラれた理由を、おっとりとした大人しい麻穂が問い詰めてきた。
「やらせない女に価値はない」
部室で麻穂が聞いた言葉だそうだ。そして彼女が言うには、そのまま麻穂まで部室に置いてあるソファに押し倒されたらしい。
「同じ顔だからどっちでもいい」
そんな言葉を浴びたそうだ。帰ってきた麻穂のシャツはボタンが三つ飛んでいて、左の太ももに引っ掻き傷があった。何が起きたかなんてすぐに分かる。私がすぐに学校に電話をしようとしたら、麻穂はもともと赤かった目から涙を溢れさせながら止めた。理由を聞いたけどなかなか答えない。それから彼女はボロボロに泣き崩れた。誰にも知られたくなかったのだろう。仕方ないと思う。私は麻穂が落ち着くまで、彼女の背中を撫で続けた。
そんな麻穂だったけど、私たちが軽音楽部を辞めて1ヶ月もした頃には時折以前と同じような優しい笑顔が見えるようになっていた。だけどキリストは麻穂を救わなかった。クリスマスイブに麻穂の部屋に行くと、彼女は手首をカッターで切った上に、ドアノブで首を括っていた。最初に見つけたのは私だ。麻穂の首は伸びていた。目を見開き、舌を出している麻穂。吐瀉物の中にはその夜一緒に食べたケーキが混じっていた。麻穂が麻穂に見えなかった。そんな麻穂が、私のクリスマスの記憶だ。
クリスマスの朝にサンタクロースがやってきて、もらえるプレゼントがどれだけ素敵でも、私のところには来なくていい。私にクリスマスを思い出させないでほしい。