【長編連載小説】絶望のキッズ携帯 第11話 太麺皿うどん
長崎空港からの高速バスは繁華街から少し離れたところにある長崎バスターミナルとかいう建物に着く。俺たちは午後八時にそのボロボロの建物に降り立った。ガキは明らかに落胆している。無理もない。アル中のおっさんが三人でワンカップ大関を飲んでいるような空間だ。長崎の玄関は廃墟なのだ。長崎は人生のターミナルと言っても過言ではない。そうは言えど、さすがに高速バスが着く場所だけあって、観光地までのアクセスはいい。中華街まで徒歩2分だったりする。もちろんガキを案内するのも、最初は中華街だ。
長崎、長崎と言っているが、俺も出身が長崎という訳ではない。長崎大学に入学し、紆余曲折を経て長崎に戻ってきた人間だ。中華街など物珍しくて仕方ない。俺は自慢したい気持ちが顔に出ないよう注意しながら、まずは中華でも食べようとさりげなくガキを中華街にエスコートした。
赤い門を潜り抜けるとそこは異国。露店の明かりからは点心の香りが漂い、豪華な店構えをしたたくさんの中華料理屋が並んでいる。空腹のガキには少し刺激が強いかもしれない。このストリートには欲望がうごめいている。俺はガキの様子をみた。過激すぎる路上のリアルに直面したヒヨッコはよだれを垂れ流しているはずだ。
しかしガキは淡々と歩いている。どちらかというと風景にもあまり興味がないようだ。この小僧は飛行機の中でカールでも食べ過ぎたのだろうか。俺はたずねた。そして返ってきた答えに俺は落胆した。こいつが住んでいる神戸の中華街の方が凄いらしい。仕方がないので風情の分からないクソガキだとこいつのせいにしたところで、長崎の老舗中華レストランである江山楼にたどり着いた。
気分を高揚させるでもないこのガキに少し気分を害している俺に代わり、嫁が「王さんの特上ちゃんぽん」をこいつに勧めた。長崎のちゃんぽんを食べると世界観が変わるからと。確かにそれは本当だ。長崎以外の土地にあるちゃんぽんをゴミだと思うようになる。ガキが2000円くらいするちゃんぽんに遠慮していたが、それはそれで腹が立つのでとっとと「王さんの特上ちゃんぽん」を注文してやった。そして俺は普段食べている太麺皿うどんを注文した。あんかけ焼きそばのちゃんぽん味のような、不思議な食べ物だ。ただ、よくあるパリパリの皿うどんや普通のちゃんぽんに興味を示さなくなるほどに美味い。俺がzozoタウンを眺めるとき以外に一心不乱になれるのが、太麺皿うどんを食べているときだ。
ガキの手元に特上ちゃんぽんが運ばれてきた。フカヒレが乗っている他は変わり映えしないし、子供がフカヒレに興味を示すとも思えない。表情からもエビチリが食べたかった様子が見てとれる。しかし文句も言えないガキは箸を手に取った。ちょっと待て。ちゃんぽんの魅力はスープだ。まずは騙されたと思ってレンゲでスープを一口すすってみろ。俺がとっさに言葉を発すると、露骨に嫌な顔が返ってきたが、ガキは拒否する理由もないせいか、素直に従った。
ガキの表情が変わる。一度俺に驚きの目を向け、無我夢中でスープをすすり続けた。おいおい、そんなにすすると麺が裸にされちまうぜ。そんな俺の心配は的中した。しかしその後ガキはスープのないちゃんぽんを平げた。ガキは満足そうな表情をしている。一瞬の出来事が終わり、俺のところにも太麺皿うどんが運ばれてきた。これも食え。自然に出た言葉だ。いいのかとたずねられたが、こたえる前にガキのところに皿うどんを置いていた。
太麺皿うどんを豪快にすすり始めたガキは、んーとかあーとかピンサロで前の席に座ったおっさんみたいな声を上げている。獰猛なガキだ。本能の赴くままに食っている。太麺皿うどん食ってる暇があったら女を喰ってないといけないのに。しかしこの本能が女に向かう日が来るとしたらと思うと、こいつは結構危険なのではないかと思う。そこまで思ったところで、太麺皿うどんの器が空になった。そして、ガキが初めてありがとうと言った。俺の目を見ながら。俺も表情が緩んでしまったが、それも気恥ずかしいので質問で誤魔化した。ちゃんぽんと太麺皿うどん、どっちが美味かったかと。答えは太麺皿うどんだった。その声を発したガキは心からの笑顔を見せていた。返答に困る。これまで、ガキが笑った顔で喜んだことなんてない。年齢のせいだろうか。それとも、誰の何の役にも立っていない俺が、久しぶりに人を喜ばせたせいだろうか。多分後者だ。やっぱりゴミみたいな人生だ。
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