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無料連載小説|紬 9話 中古車
精神科病院というところは郊外にあることが多い。あまり人目につかない方が患者も通いやすいだろうという配慮と、結構な敷地を必要とするからだろう。そんな郊外へ通勤するためには車が必要だ。あと一ヶ月以内に手に入れなければならない。
特に車に興味を示したことのない俺は、特に車に興味がない京介さんに付き合ってもらい、車を探しに行くことにした。幸い京介さんは車を持っている。店を巡りやすい。俺たちはおそらく的を得ていない車選びの会議を開いた。
「ベンツですかね?」
「すごく高いんじゃないの?」
「BMWですか?」
「500万とかするんじゃないの?」
京介さんの車は赤いミニのクラブマン。中古で200万くらいだったそうだ。
「これいいですよね」
「先輩に売りつけられたけど、すごく高かったよ?」
俺たちは年収こそ変わったが金銭感覚は変わっていない。高級寿司や割烹には無縁だし、ハイブランドにも興味がない。ルイスレザーのライダースジャケット、約20万円が最高級品だと思っている。
中古車屋にたどり着くと、色々と車が並んでいた。確かに国産車は野暮ったく、外車は洗練されているように映った。女の店員が来たのでオーダーしなければならない。
「外車ください」
俺が無知だと認識した女の店員は、馬鹿を見る目になった。京介さんにまで叱られた。
「ベンツくださいとかあるんじゃない?寿司屋で魚くださいって言ってるようなもんだよ」
悩む。外車か。ただ俺はすごく高いというベンツやBMWと、200万くらいのミニしか知らない。
「京介さんのと同じやつで。何色がありますか?」
色は赤と緑、シルバーがあるらしい。
「じゃあ緑で」
それから俺たちは購入の手続きを済ませた。俺はあまりに簡単に、自分の車を持った。
車なんてものがあれば、日本中どこだって行ける。紬がこの街から逃げ出したいっていうなら、どこまででも連れて行ってやれる。だけど紬の薬は一ヶ月分しか処方されない。俺たちはどれだけ逃げようとしても、一ヶ月以内に帰ってこなければならない。それなら、この街で幸せになることを考えた方がいい。