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喪に服さない空
振られた翌朝は、決まって快晴だ。大切な人を失った時ぐらいは空気を読んで喪に服してほしいのに、天気は私の気持ちなどお構いなしである。思えば彼とのデートはいつも雨だった。彼に雨女と呼ばれるのも無理はないし、雨が降ってほしい時に限って、いつも空が晴れてしまう私は一生天気に愛されないのかもしれない。
早朝5時、隣の部屋から鳴り響く爆音のアラームで目が覚めた。日曜だというのに、みんなが寝静まっている時間に起きるのは、仕事のためだろうか。どんな仕事をしているのかが気になってどんどん目が冴えていく。隣人はまだ起きない。鳴り響くアラームを早く止めてほしい。かれこれ3分以上はアラームが鳴り続けている。
昨日は深夜3時ぐらいまで仕事をしていたため、まだ2時間ほどしか寝ていない。そういえばお風呂に入らずに寝落ちしてしまった。コンタクトはつけっぱなし。化粧を落とさずに寝る行為は、顔に雑巾をかぶって寝たに等しいらしい。ただでさえ大量の涙のせいで目が腫れているのに、雑巾をかぶって寝てしまうなんて一生の不覚である。
しかも振られた翌日に他人のアラームによって起こされるとは想像もしていなかった。自分史上最悪の目覚めかもしれない。ようやく隣人が起きた。これで眠りにつけると安堵した瞬間に、楽しそうな女性と男性の声が聞こえてくる。あまりの部屋の壁の薄さに心底呆れもするが、隣人すらも空気を読んでくれないのかとさらに気分がどん底になった。
すっかり睡魔がどこかに行ってしまったため、洗面台の鏡で自分の顔を見ると、概ね想像はしていたが、大量の涙を流したせいで目が腫れていて、見るに堪えない。こんなの自分じゃないと思いたいけれど、どう足掻いても現実が覆す術が見つからない。
服を脱いで、洗濯カゴに放り投げる。ぐしゃぐしゃになった服たちが山のように積み上がっており、自分の生活すらも守れないのかと虚しくなった。シャワーを出して、涙を流していい理由にする。どんどん勢いを増す涙とシャワーの音が、すべてを楽にしてくれるような気がした。
実は昨日、元恋人に振られる予感はしていたため、自分史上最高の私で元恋人に会いに行った。彼に振られるときはとっておきの自分であれたのに、別れが決まった途端に自分史上最低の私が出来上がり。彼と別れた瞬間にその場から動けなくなった。地面に足が吸い付いて離れない。
結局帰りの電車に乗り遅れ、止むを得ずタクシーで帰宅した。タクシーの運転手の無言の気遣いがありがたかった。今日は何をしていたのですか?と聞かれたときには、もう相手を殴っていたにちがいない。私を捨てる彼には見る目がないと思いはするものの、私を振る相手を選んだのは自分自身が犯した過ちだという思いも拭えない。
都合のいいときにしか連絡をよこさない彼が好きだったけれど、嫌いだった。早く離れなよと友達に何度もアドバイスをされても、自分から離れる勇気はなく、結局私をつまらない女と思った彼から振られてしまった。
すべてを空のせいにできるなら少しは心が楽になるのに、失ったものが想像以上に多くて、とてもじゃないけれど空のせいにはできない。あなたがくれた愛してるが嘘だったこと、横顔が綺麗だと言ってくれたこと、セックス終わりに吸っていたセブンスター、彼のピアスから伝わる確かな温度、手を繋いで行った深夜のコンビニ、彼の作るパスタはいつも少し硬めだったこと、犬飼ってるから見にこないと誘われた犬みたいな私、どこまでも従順で、それでいて最後まで従順なふりをして、お前のそこが嫌いだと言われて振られたこと。
どれだけ泣いても、涙が枯れない私は弱虫なのかもしれない。それでもいつか彼が私の元に戻ってくるのであれば、快晴の空に祈りを飛ばし続ける。そうやって、いつしか戻れない現実に苛まれて、少しずつ思い出を過去にできるのかな。隣の部屋から聞こえてくる楽しそうな声が部屋中に鳴り響く。あれは過去の私たちの走馬灯なのかもしれないと、失って美化された思い出に浸る午前6時。
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