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太陽みたいな彼女

傘をさすか、ささないか迷ってしまうほどの雨。長袖か、半袖か悩んでしまうような気候。迷えば迷うほどに、どっちつかずの自分に嫌気がさす。もうそろそろ本格的な夏が来る。とびきりの思い出を連れて。寒さがなくなると、同時に寂しさもなくなる。なんてこれは気のせいか。

夏は突然やってくる。誰かとの別れみたいに。本格的な夏が到来すると、暑さが体を蝕む。クーラーが効かない部屋はとても暑い。寝汗をよくかく僕は汗で湿るTシャツを脱いで、まるでゴミを捨てるみたいな感覚でゴミ箱へと放り投げた。ベッドに残ったのは虚しさと、もぬけの殻になった僕だった。

とびきり明るい性格の彼女が僕の前だけでは、弱音を見せていた。気を許している証拠だと彼女はよく言っていたけれど、真偽は定かではない。彼女はとてもわかりやすい性格で、何かあればすぐにわかる。彼女が落ち込んだときには、いつも僕から電話をかけていた。

「なんでわかったの?」って彼女は驚いていたけれど、LINEのメッセージを読めば簡単にわかる。僕だけが君の理解者になりたいと思っていたから、彼女が僕の前で素を曝け出していた事実に安堵していた。でも、僕たちはあくまで良き理解者で、恋仲になったことはない。ふたりの間には何も起きなかったという事実だけが残っている。

これから先も彼女の良き理解者でありたいと思っていたのに、彼女の婚約が決まった瞬間に、連絡を取ることは一切なくなった。彼女はとても真面目な子で、遊んでばかりの僕とはまるでちがう。彼女が真面目に仕事に打ち込んでいる間、僕は好きでもない女を適当にあしらい、惚れた女の前で自分を精一杯取り繕っていた。

どんどん仕事で結果を出す彼女と反比例して、好きな女の子から逃げられるばかりの都合のいい男に成り下がっていた。ふたりに差がつくのは当然だ。これから先もずっと彼女の良き理解者でありたいと思っていた。要は必要とされたかったんだろう。好きな人から必要とされない事実から逃れるために、彼女に心理的安全を求めていた。彼女は心のどこかで僕の心のうちを見透かしていたのかもしれない。だから、僕たちは恋仲になることがなく、疎遠になった。

彼女はとても眩しい人だった。いつも前向きで、人前では決して弱音を吐かない。仕事を真面目にこなし、きちんと結果も出す。人を前向きにさせる職人で、誰かの相談役になることも多い。彼女を見ていると元気になるし、負けてられないと思わされる。だけれど、僕は彼女のようにはなれなかった。仕事は適当にこなしていたし、好きでもない女とばかり遊び、友達と夜通し酒を飲みながら会社の愚痴をこぼす日々だ。僕の消耗するだけの人生に、彼女が入る余地なんてなかった。

周りの友人は、彼女を太陽のような人と呼んでいた。まさに彼女にぴったりな愛称である。いつも明るく振る舞い、仕事でどれだけ結果を出しても自惚れない。僕が彼女の立場だったらきっと自惚れて、自滅しているにちがいない。僕は彼女のようになりたかった。だから、彼女を繋ぎ止めるために、彼女が弱ったタイミングでやさしさを見せつけた。

夏の晴れた日に、彼女と海に行ったことがある。サンダルで白い砂浜を颯爽と駆け抜ける彼女がたまらなく眩しかった。海に来た記念にと理由をつけて、彼女の写真を撮ったら、青い海のその向こうには太陽が映り込んでいた。君はいつも眩しいなと冗談で彼女に伝えると、眩しいのは太陽じゃない?と笑っていたあの日はいまでも鮮明に覚えているし、これから先も忘れないのだろう。

彼女が結婚すると聞いた日に、もう2度と連絡を取ることはないと第六感で察知した。彼女が落ち込んだ日は、彼女のパートナーが慰める。僕が電話をかけなくても、彼女は元気になる。その事実がたまらなく寂しい。もう必要とされない事実に、胸を痛めている1人の情けない男がいる。すべて自分で蒔いた種なのに、誰かのせいにしたい。夢も希望もない体たらくな男が引き起こした揺るがぬ事実を、僕はまだ受け入れられずにいる。

電話越しに「結婚式には来るよね?」と彼女は言った。どんな顔をして祝えばいいのだろうか。そもそも祝福する資格があるのかも定かではない。祝いたい気持ちはもちろんあるけれど、彼女の隣に僕がいれば良かったのにと後悔している自分がいる。だから、僕は彼女の結婚式に出席しなかった。

僕がいなくても、彼女は大丈夫だ。もう僕は必要のない人になった。でも、いつか彼女を思い出して、雨の日に泣いてしまうのかもしれない。涙を雨の日のせいにして、また現実から僕は逃げるのだろう。そんな日が来ませんようにと、燦々と煌めく太陽にそっと願いを込めたある夏のこと。

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