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読書感想文 『なめらかな世界と、その敵』
【なめらかな世界と、その敵】
◽︎ベストSF2019[国内編]一位
6編どれもSFらしさ満点のテーマと素晴らしい構成
正しく上質なSF
『なめらかな世界とその敵』
1行目からがっしりと作品に引き込まれる。捕えられる。
並行世界を文字通りなめらかに行き来するのが普通の世界線。シームレスにお互いの世界での情報を共有できているってどれだけ高度な情報処理能力できる人間たちなのだろう。すごく羨ましい。
そんな世界で行き来できなくなるってどんな気持ちだろう。まあ、こっちの世界ではそれが普通なんだけど。それでも周りが普通にやっていることが自分には出来ない辛さがどれほど堪えるかは想像に難くない。でもそこに一緒になってくれる友人が、自分から一緒になってくれる友人が一人でもいるなら世界の見え方はだいぶ明るくなるだろうな。
『ゼロ年代の臨界点』
「なめらかな世界とその敵」が同じ時間軸の並行世界を展開し、「ゼロ年代の臨界点」では未来と過去(架空SF史)に視点を移す。
「時間SF」としての創始者としての富江、過去へのタイムトラベルSFとしてのおとら、タイムパラドックスの提唱者としてのフジという構図は、未来と過去を扱ったSFにはどれも欠かせない要素。この短編においては富江とおとらがまさしく「時間SF」を体現しているように読める。個人的にタイムトラベルものの醍醐味は過去を変えることによるタイムパラドックスをどう理屈付けるかだと思ってる。
『美亜羽へ贈る拳銃』
人の思考を変えることができる拳銃。あなたなら何のために使う。この物語を読んでいるあいだは、物語の2人のようなあるいは3人のような、悲劇的で効果的な使い方は躊躇するんじゃないだろうか。しかし、エピローグまで読めばその躊躇も不要と考えるかもしれない。愛し合わなかった愛の物語とは思えない愛の物語だった。痺れる短編
『ホーリーアイアンメイデン』
一方的な手紙って心の距離を感じる。まして、返事を書いても届くことのない相手からなら尚更。さらに、この物語では最後のオチが怖しい。恐怖という意味とは違って、自分の存在によって相手がどれだけ悩み苦しみ傷ついたのかを後から知る「手遅れ」という怖さ。救い難い、一生ものの手紙。
『シンギュラリティ・ソヴィエト』
誕生日を祝うにしては少々物騒な物語。
人工知能がここまで情報を与えてくれるならもはや人間はただの手足に過ぎない、のかもしれないけれど、人が生きる理由にまでは人工知能の入り込む余地はまだまだないだろう。いくら人工知能によって思考誘導されていた世界かもしれなくても。
『ひかりより速く、ゆるやかに』
すぐそこにある隔たりほど距離を感じるものは他にないと思う。単純に距離があるのならそれを理解できる。しかし、物理的にすぐそこにある隔たりは、圧倒的に近いのに精神的な負荷は遠距離に勝るだろう。これは『低速化』に巻き込まれた修学旅行生と修学旅行に参加できなかったが故に巻き込まれなかった同級生の物語。巻き込まれなかった同級生の苦悩に、読んでいるこちらも辛くなる。『低速化』のトリガーは何だったのかが判明した時の絶望感は堪える。だけど、ラストはそれ以上の感動に呑まれる。