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幻の魚『ぶりお』をいただく
前日に妻が買ってきたサーモンとマグロたたきを食べずに残していたので、翌日なら消費期限OKをかくにんして、その日は簡単な海鮮丼を作ることにしました。
とはいえ刺身2品だけでは足りません。お昼休み、追加の海鮮を近くのスーパーに買いにいきました。
まずはじめにサバの刺身をカゴに入れ、次に目に留まったのが大量に入荷されている赤身のサカナ。
まぐろに似て、へー、いいね、と思い名前を見ると
パックにはひらがなで大きく『ぶりお』と書いています。
ほー、なんか聞いたことないけど、身も厚くておいしそうだし、この『ぶりお』にするかと思って1パック手に取りカゴに入れました。
ぶりお。いいね。ぶりお。
昔、中国人の上司のイングリッシュネームがマーティンで、彼のことを『マティお』と呼んでいたことを思い出します。。
同い年なのにめちゃくちゃ仕事できた『マティお』。元気かな。そんなことを考えながら、
この『ぶりお』とサバの刺身を買って帰ります。
家に帰って仕事に戻ると妻から電話がありました。「今日の夕飯はなあに?」
私「だから朝も言ったけど、きのう食べなかったサーモンとまぐろのたたき。それとさっき得体の知れないおいしそうなサカナを買ってきたよ。えーと、なんだっけな、その、てつおとか、ふぐお、とか、そんなの」
妻「なにそれ」
私「いや、その刺身ってさあ、大量に置いてあって、新種かなんかなのかな。でもおいしそうだよ」
妻「まあいいや。じゃあそれでよろしく」
その後、わたしも忙しかったので深く考えず、『ぶりお』は、あっという間に頭から離れていきました。
夜。妻が思いのほか早めに帰ってきたので、わたしは終わらない仕事を中断させて海鮮どんぶり作りに取りかかります。
妻は買ってきた刺身が気になっているようです。昨日の残り以外にも追加されているので喜んでいるのでしょう。
わたしは『ぶりお』をほこらしげに冷蔵庫から出して彼女に見せつけます。
「見てよ。ほら、『ぶりお』だって。新しいサカナかな。でも身もおいしそうだよ」
妻は一度見ると、光速いや音速のごとく二度見します。速い。
そして「え、これブリじやない?」
とパックを、たしかめます。
わたしはその安易な決めつけに憤慨して、「違う違う、『ぶりお』だって名前をちがうんだっえ!」(いつだって私はだいじなところで噛むのです)
と彼女にパックを見せつけるとともに、その名前をたしかめます。
そこには
『ぶりお刺身』と書いてありました。
『ぶりお』ではなく、ぶりのお刺身だったのです。
わたしは唖然とするとともに「うそだ」とつぶやきます。いつも見るブリより身がとても赤かったのでまったく気づきませんでした。
妻は、「ああ、このお方またやったね。。」という表情をすると、ことばを発することなく、あきれた感じで着替えに隣の部屋に行きます。
『ぶりお』はいなかった。わたしが認識した未知の魚。『ぶりお』はいませんでした。いや、ほんとにいないのだろうか。
夕飯時はおたがい無言で『ぶりお刺身』をいただきます。
その空気はとても冷ややかですが、最後まで私は『ぶりお』を信じていました。『ぶりお』や、君はいるんだよね。そこに。
『ぶりお』や、そこにいて目の前の妻を見返してやるのです。「あら、新種ね」と。
私は静謐な気持ちで『ぶりお』を箸でつまみ、醤油に浸し口にいれると、その食感や味を確かめます。
そして静かにつぶやきました。
「うん、ブリだ」
参加いたします。いつも真顔ですから。