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掌編小説「デザートはおあずけ」



 

頃子は困っていた。彼女は生鮮食品店にいては、そのデザートコーナーで立ち止まっていた。棚にはチーズケーキが数百円で売っていた。正直な気持ち、頃子はそのチーズケーキを食べたかったのだが、簡単には手を伸ばせなかった。電子マネーの残額が空っぽだからではない。非常時のために現金も幾らかは持ち合わせている。ただ、この日の買い物は合計3000円以内で抑えようと頃子は考えていた。今回の買い物にチーズケーキは余計だったのだ。近頃、電気やガス代の値上げが頃子の精神的な負担になってきている。支払い額が増えていくだけで、頃子の収入が増えるわけではない。結果として余裕のない生活をしていた頃子にはこの値上がりの分、なにかを削らなければならない。更に一言加えると、値上げはライフラインだけに留まらず、食品にまで及んできている。しばらく考えてからようやく頃子には決心がつき、このチーズケーキを買い物かごには入れずに、代わりになにか別のスイーツを取ることもなく、セルフレジの行列に並んだ。この店にセルフレジは数台置いてあるのだが、特売日と混雑する時間帯のためか、友人レジと同じくらいの行列ができていた。頃子は並ぶことが好きではないのだが、列に並び自分の番が来るのを待っていた。
「はじめまして!スネークバイトのことは先月のフェスで知りました。皆さん可愛らしくて素敵ですね。特に私はコブラちゃんの歌い方すごく好きなんです!」
「ええ!ありがとうございます!とても嬉しいです。色んなところにライブに行っているけど、こうやって初めて知ってもらって嬉しいです!あ、お名前はなんて呼ぶの?」
「わたし、頃子っていいます。コロちゃんってよく呼ばれます」
「コロちゃん?珍しい名前だね。人のこといえないけどね」
「コブラさんは公式の動画でも洋楽のカバー曲を歌ってますよね?音楽は全般好きなのですか?」
「そうだねえ。あんまり激しい曲以外は色々聴いているかな。でも古い曲はわからないや。コロちゃんは?」
「私は色々なジャンル聴きますよ。でも、新しいアーティストの曲が多いかな」
「へー。そうなんだ、お勧めのアーティストいる?」
「お勧めですか?そうですね、バンドだとトナカイブラザーズが好きです。ダサい名前ですが」
「知らなーい。じゃあ聴いてみるよ。ありがとう、またね!」

 そう言ってコブラは頃子に、二人が写っている写真を手渡した。このスネークバイトというグループはライブのあとにファンとグループのメンバーが交流し、記念に撮影する特典会というのを設けているのだった。
「ありがとうございます。また観に行きますね」

 レジ行列に並んでいる間、ふと頃子は数日前に行ったアイドルグループのライブで好きなメンバーと話したときのことを思い返していた。この特典会に参加するときも、頃子は各メンバーの前にできる列に並ばないとならなかった。日常の中で並ばないとならないのが、この特典会と混雑した時間帯での生鮮食品店だったので、似た行動をしているとその時のことを自然と思い浮かべてしまうのだった。実際のところ、頃子が自分の食費を切り詰めて見直そうと思ったのも、このアイドルグループのライブ費用に回したいという思いがあった。こういったグループは全国的に人気があるのか、地方のライブハウスにでもツアーで回ったりするようで、熱心なファンは一緒に地方のライブハウスに行くことがあるようだが、その交通費も相当な額となるので、そこまでお金をかける精神的な余裕は頃子にはないのであった。大きなお金はかけられなくても、頃子にとって意中の相手と話をすることは一つの楽しみになっていた。それはOLとして勤めている頃子には仕事以外に新たな人との交流があまりなかったので、このアイドルグループの存在は精神的に大きくなっていた。
 買い物を終えて、マイバッグを肩にかけて家に帰ると、頃子はバッグから買った食品を取り出し、冷蔵庫に入れては、電気ケトルに水を入れて沸かした。沸騰する間にレギュラーコーヒーのティーバッグを取り出して、コーヒーカップに入れた。コーヒーが丁度いい具合にカップを満たすと、頃子はパソコンの動画配信サイトからこの間行ったライブ動画を見返していた。アイドルグループの運営が無料で公開しているらしい。そのライブを観ながら、コーヒーを飲んでは、スマートフォンの画面を見ていた。スマートフォンには最近登録したマッチングアプリから大量の男性からのアプロ―チ通知が届いていた。頃子は、はあとため息をついては画面を開かずにスマートフォンを机の上に置き、引き続き動画のライブを楽しんでいた。

 

 

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