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原点

定期的にnoteを書く意味、言葉を磨き続ける意味を自分のためにも整理しておきたい。大事にしたいからこそ、作業にはしたくないから。続けていきたいからこそ、大変だと思いたくないから。

そもそも「言葉」という抽象的なものを考え続けて、記事にし続けて早何年というところだろう。実際にそれをテーマにして書いた記事も、ゆうに200を超える。

「整理しておきたい」なんて言っておきながら理由はいろいろあると思う。


①自分自身について知るため


元々の始まりはここだ。
就活をやっていこう、というときに、自分のことを何にも知らないということに気付いた。

自分がやりたいこと、興味があることはもちろんのこと、好きなこと、ワクワクする瞬間、嫌いなことなどなど何にも自分のことを知らない。だから話せない。相手に合わせてしまう、そんな状態だった。

そこへの打開策として見出したのがnoteだった。偶然見つけた場所だったが、言語化する練習の舞台にはうってつけの場所だった。人に見られるという意味での緊張感もあるし、反応をもらえるという嬉しさもそこにはある。結果的にそれが今でも続いている。


②感情・思考のコントロールのため


①とつながる部分もあるが、これも結構大事な部分。
自分という人間は何かと考えるし、感情もいろんなことを純粋に受け取ってしまいがちなので左右しやすい。ただ個人的にはそういった乱れや変化も否定はしたくなくて。全部自分のものとして扱っていきたい。

ただそのためには、ある程度感情との距離感を保つことが必要だと思っていて。主観が強くなりすぎないように、というのは自分の中でも重大なテーマになっている。主観と客観に適切な距離感を持たせてくれるのが「言葉にする価値」だ。


③責任を持つ


ちょっと確度は変わって、「自分の言葉に責任を持つ」という意味でも、言葉を磨き続けている要因の1つだ。それもあって自分の名前も出しながらやっている。

名前を出すということはいろんな見られ方があってしかるべきだと思う。それこそ仕事につなげるとか、それこそ承認欲求とか。全部間違ってはないと思う。でもそれっておまけでついてくるものであって。一番は自分の発言に責任を持つ習慣をつけたいな、というところにある。

SNSという匿名で何でも誰に対しても物事が言えるようになってしまった今の時代だからこそ、それを当たり前にしちゃいけないという、自分なりの感覚だ。


④大切な人たちのためになる言葉を紡げるようになりたい


ここまでいくつか「自分が言葉を大事にする意味」「noteで言葉を綴る意味」といったところを書いてきたが、総じて今一番自分が大事にしたいと思っていることは、

「自分が大切にしている人たちに、磨いた言葉でその人のためになれるようなサポートをしていきたい」

これに尽きる。

自分にとっての幸せって自分だけで完結するものじゃないし、自分の知らない人との間だけで完結するものでもないと思っている。もちろんそれらも大事な要素ではあるけれど、でもまず一番は自分にとって身近な存在、大事にしたい人たちの力になれる言葉を紡ぐことだと思っている。

「こんな時、なんて言葉をかけてあげればよかったんだ」
「どうすれば力になれたのか」

そんな思いはしたくないもので。
正解の言葉がけを出来るとは限らないけど、出来る準備はしていきたい。そう思っている。



言葉は大事なんだ。
大事だからこそ大切に扱っていかないといけない。本当に大事な場面でちゃんと使えるように、日頃から磨いていかないといけない。磨くためには使わないといけない。使って使って、研ぎ澄ましていかないといけない。

だから今日も記事を書いて磨いていきます。



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塩浦良太
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