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生き様って顔や言葉に出る

#就労支援の現場から

就労支援という仕事をやっていて、その中でも脳卒中のような後天的に病気を発症し、体の麻痺だったり高次脳機能障害だったりが残った方に対して就職や復職に向けた支援を行っている、ということはこれまでのnoteを読んでくれている人であれば知っている人もいるかもしれない。

今回は別に就労支援のことについて記事にするわけではなくて。
この仕事に関わっていて感じたことを1つ。

それが、「生き様って顔や言葉に出るな」ということ。


私が関わる中でもとりわけ「高次脳機能障害」、その中でも失語だったり記憶障害という方になってくると、病気を発症してからの記憶がなかったり、最近の物覚えが難しかったりという方がいる。そうじゃなくても❝かつて出来ていたことが難しくなる❞方が多い。

病気の前後で、違う自分のような感覚になるという。

こういった方々が向き合っていく最初の壁が「障害理解」。
何ができて何ができないのか。そもそもできていないことに気づけているか。これが難しいように見える。
過去の出来ていた自分が顔を覗かせ、今でも出来るんじゃないかと思わせる。今の自分に気づくことが出来たら、今度は「なんで出来ないんだ」という壁にぶつかる。。。となると、どんどん障害福祉の話になるので脇に置いて。

そうやって、出来ていたことが難しくなるんだけど、じゃあ過去のその方がまったく今残っていないか、というと決してそんなことはなくて。

顔や言葉選びにはその方が強く残っているなというのがとても興味深い。

とてもにこやかな表情だったり、おちゃめな方だったり、寡黙な方だったり。柔らかい口調で話しかけてくる方もいれば、失語の方で言葉を忘れている部分が多くても難しい言い回しは覚えていたり。

自分に対しては謙虚だけど周りのことはすごく褒めたり。
逆に自分中心になって周りの変化にあまり気づかなかったり。

まさに顔や言葉からその方の生き様って出るなと思う。

何が良くて何がダメってことじゃなくて、
そのベクトルを自分に向けてみた時、
「自分はどうありたいかな?」ってことを考えさせられる。

日常の表情、一言、一挙手一投足、
その積み重ねが自分をつくっていき、それは死ぬまでリセットされないんだなって。それって今からでも積み重ねていくことで、いい将来をつくれるってわけだから結構希望だと思う。


生き様をつくるのは、何か大きな出来事ばっかりじゃない。
むしろ日常の一瞬一瞬、些細なことからつくられていく。

もっと1つ1つを大切にしていきたいな。


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塩浦良太
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