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悩める、って成長よ
早速だが、ある好きな言葉を紹介したい。
「大丈夫と言うことから、大丈夫は始まるのだ。」
好きな本に書いてある一節。
まず勘違いしちゃいけないのは、この言葉だけ鵜呑みにすること。そこは自分自身に対しても注意喚起をしておきたい。
これは別に「無理矢理でも強がりなさい」ってことではないと思う。
だって大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないんだから。
そこをちゃんと言うことって大事だ。そこを言わないと周りはあなたが大丈夫じゃないことを気づけない。そのためには自分の中での
大丈夫|大丈夫じゃない
のラインをしっかり言語化できていないとだめだ。大変だけど。
という前置きをして早速本題に入りたい。
***
「私ってどう?本当に大丈夫かな?」
時折”大丈夫のカツアゲ”をしてしまうことはないだろうか?
あんまり気づいていないけど、きっと私もたまにしている気がする。
それくらい、誰かに「大丈夫」って言ってもらえることで安心をするんだろう。
「不安な時はまず動くことが大事」みたいないわれがあるが、場合によっては自力では奮起できないほどネガティブな感情になることだってある。そういったとき、行動が先と言われても一歩が踏み出すのは大変だ。
そこで動かすべきが行動よりも先に心だったりする。
行動しながら心がついてくることもあるかもしれないが、心がやれてしまったら行動すらできないことだってある。
そんなときに「大丈夫」という言葉はなんか元気になる。
自分で言うよりも、言われる方がよりね。
だから自分が言う立場だったら、どんどん言っていきたいと思う。
ただ「大丈夫」って言うのは責任も大きい。
言うだけ、なんて無責任なことはしちゃいけない。言われてパワーをもらうと同時に、それが実現されなかったときの代償は大きいと思うから。
言ったからには大丈夫な理由を伝えたい、並べたい。
最初から伝えられるなら申し分ないし、今はなくても、言葉が先行でも、そこから一緒になって大丈夫な理由を探していけばいいと思う。
***
だけど人間テレパシーが通じるわけじゃないから、言ってほしいときに行ってもらえないことって多々ある。
そんなとき、悩んでいる自分に対して自分が「大丈夫だよ」と言ってあげられたらと。
悩めるって、ある種すごいことだと思う。成長している証拠だ。
だって何事も最初はわからないことすらわからない状態だ。そんなときって悩みようがなかったりする。何を悩めばいいかすらわからない的な。
でも不思議なもので1を知るとまだ知らない10の問いが生まれてくる。それが20、30、50、100と問いが増えていく。物事を知れば知るほど、わからないことが出てくるというのが不思議だけど世の常だ。
だから悩める、ということはそれだけその対象のことについて詳しくなってきたということであり、自分で考えられるようになってきたという証で。だからまた、その壁を何とか越えていけるよ、ということにもつながる。
悩んでいることに対して、そこまで悲観的にならなくていい、って。
ちゃんと成長してるから。
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