【書評】『ヒトラーの大衆扇動術』(許成準:著)を読んだ感想
先日「ヒトラーの大衆扇動術」という本を読み終えました。
今回はこれを読んで思ったこと、この本をどのように役立てたらいいのかなどを話していきます。
ヒトラーは悪人だが扇動者としては間違いなく天才
ヒトラーについては、ユダヤ人を迫害してホロコーストを行い、第二次世界大戦を引き起こした人物として昔から興味がありました。元々は画家を夢見る、どこにでもいるような青年が、なぜ歴史上最悪と言われる独裁者になったのか、不思議だったものです。(余談ですが個人的に歴史上最悪な独裁者は、ヒトラーではなくヨシフ・スターリンと毛沢東とポルポトだと思っています)
この本にはヒトラーがナチスドイツを結成し、後に総統になっていくまでの間に、どのような演説や心理テクニックを使ったのかが書かれています。
しかもただ羅列してあるだけでなく、分析をして「このような効果が得られるから行われた」とその理由が記されています。
時には実例(ヒトラーのものだけでなく、著者の体験や著者が韓国人であることから、韓国のCM。映画や戯曲、ロックフェスの事例など豊富)を挙げて解説しています。
長くても3~4ページでひとつの項目が終わるため、ちょこっとだけ読むこともできますし、連続していくつも読むこともできます。どこから読み始めてもいいです。
読んでいますと「ヒトラーってこんなにも色々なテクニックを習得して、人々の信頼や支援を勝ち取っていったのか…」と驚かされます。
人々から「自分がどう見られているのか」を意識して、鏡の前でポーズの練習をしたり。
自分を写真に撮り、一番良く写る角度を研究したり。
当時の人が「表立っては言わないけど心の中で思っていること」を理解してそれを主張したり。
なるほど、これは当時のドイツ人が熱狂的にヒトラーを支持したわけだなぁ…と納得してしまいます。
「大衆は愚か」という真実
この本には、ヒトラーが演説や著書「我が闘争」を出版することで、大衆に対して強く訴えていたことが何度も出てきます。
ヒトラーは大衆を過大評価せず、むしろ見下していました。ナチスの宣伝方法も核となる考え方は「大衆は愚か」でした。
著書「我が闘争」でも、大衆をコケにしています。
大衆は理性的な判断で動くものではなく、感情的な判断(快不快や好き嫌いなど)で動きます。誰かが「これってなんか変じゃないか?」と声を上げても、それを無視して突き進みます。そしてその行いがどんな結果を招いたとしても、決して反省したりはしません。
むしろ常に不平不満を言い続ける、醜悪な存在そのものでしょう。
これは現在を生きる僕も「全く同感だ」と頷ける真実です。
SNSを見ていても、本当に納得できるものです。
クソリプが飛び交い、誰かを貶めて集団リンチをすることで、悦に入っている餓鬼や魑魅魍魎がウヨウヨしています。
ナチスは民主主義的な方法で選ばれ、ヒトラーも総統として民主的な選挙によって選ばれてリーダーになりました。
大衆がヒトラーをリーダーに選んだというのは、紛れもない真実です。
もちろん、当時も「おいこれはヤバいぞ!」と声を挙げた人はいました。しかし、その人たちの声は無視されてしまいました。
その結果、待ち受けていたのは第二次世界大戦とホロコーストによるユダヤ人の大量虐殺でした。
民主主義と大衆は、戦争と独裁者がお好みです。
大衆とは、本当に愚かなものです。
「愚かな大衆」にならないために
この本の使い方は「知識という武器を手に入れ、悪人のテクニックを知る」ことです。
ヒトラーは、この本に書かれている様々なテクニックを使い、大衆を扇動しました。その結果として支持と信頼を勝ち取り、ナチスをドイツで唯一の合法政党にし、自らも総統として全権を握ることができました。
何かを主張する人が現れた時、この本に書かれている内容と照らし合わせていくと、その人が何かの目的をもって扇動しようとしているのかどうかが分かります。
善人ならいいですが、悪人だったら加担してはいけません。
悪人が使うテクニックを知り、悪人の思惑通りには動かない「大衆を離れた個人」となります。
この本の内容を全て理解して、悪人に利用されたり、悪人の見方にならない。そうなるようにこの本の知識を役立てることこそ、この本が目指すところなのではないか、と僕は思います。
このような本が出版できることの意味
この本の著者は韓国人です。日本でもヒトラーについて記した本はありますし、日本ではヒトラーの著書「我が闘争」の翻訳版が何の制限もなく購入できます。(角川文庫から出ています。僕も所有しています)
ヨーロッパではタブー中のタブーであるヒトラーですが、日本や韓国にはヒトラーでさえ自由に題材として出版できる、表現の自由があります。この本が出版できているということが、何よりの証拠だと言えます。
同じような内容で、こうした本をドイツで出版しようものなら、国家権力によって潰されてしまうでしょう。
ドイツでは今でも「我が闘争」は出版が禁じられています。
ヒトラーは結果的に第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の大量虐殺を行ったことで、悪人となってしまいました。
しかし、この本や他のヒトラーについて記した本に目を通しますと、また違ったヒトラーが見えてきます。
ヒトラーは戦争を起こしたり、ユダヤ人の虐殺を行わなければ、ドイツの歴史においてもっとも偉大な政治家のひとりになっていたことは容易に想像がつきます。
ドイツをはじめとしたヨーロッパは、そろそろ「独裁者」「虐殺者」という色眼鏡を外して、ヒトラーを中立的な視点から見ることはできないのだろうかと思いました。
この本のように、ヒトラーの功罪を肯定も否定もせず、事実として冷静に見て論じていく。
それができないのであれば、今だにドイツとヨーロッパ全域は「ヒトラーの大衆扇動術」によって支配されているといえるかもしれません…。
面白い本でした!