古典100選(49)松陰中納言物語

今日は、室町時代に成立したといわれている『松陰(まつかげ)中納言物語』の紹介である。

作者も成立した年も不明であるが、右衛門督(うえもんのかみ)だった在京の男性貴族が、今の千葉県北部にあたる下総国(しもうさのくに)に赴き、下総守の邸宅にしばらく滞在していた時期の姫君とのやり取りの場面である。

文章中の「女君」が、下総守(=主人)と同じ邸宅に住む姫君(=つまり娘)であり、姫君の幼い弟や母君、右近(=仕えている女房)が登場している。

では、原文を読んでみよう。

つとめて、御文(ふみ)やらせ給はんも、せん方のおはしまさねば、いと心もとなくて過ぐし給ひけるに、主人の参り給うて、「昨日の浦風は、御身には染ませ給はぬにや。いと心もとなくて」と啓し給へば、琴の音にやあるらんと思して、
「めづらしき色香にこそ候ひつれ。唐琴(からこと)にや、ゆかしくこそ」とのたまはすれば、思はずながら、取り寄せつ。

調べさせ給ひて、「波の音に立ちまさりけるも、むべにこそあんなれ」とて、箱に入れさせ給ふとて、御文を緒に結び付けさせて、「これ、ありつる方へ」とて、差し置かせ給へば、持て入りぬ。

女君は、琴を召しけるをあやしと思して、開けて見させ給へば、飽かざりし名残りをあそばして、

あひ見ての    後(のち)こそものは    かなしけれ
人目をつつむ    心ならひに

「今宵は、いととく人を静めて」とありけれども、いかにせんとも思ひ分き給はず。

幼き弟君の、「客人(まろうと)の方へ参らんに、扇を昨日、海へ落とし侍り、賜はらむ」とのたまひにおはす。

何のよきことと思して、端(つま)に小さう書き給ひて、「この絵は、おもしろう書きなしたれば、殿に見せさせ給へ。さもあらば、小さき犬をこそ、賜ひぬべけれ」とうち笑ませ給へば、よろこぼひて、母君の方へ参らせ給ひて、「扇をこそ、賜はりつれ」とて、見せさせ給へば、歌を見つけ給うて、あやしきことに思す。

なほ気色を見ばやと、後(しり)に立ちて、屏風の隠れよりのぞき給へり。

「この扇の絵を見させ給へ。姉君の、かくこそ」とのたまへれば、まことにいみじくこそ書きなしつれとて、見給へれば、

かなしさも    忍ばんことも    思ほえず
別れしままの    心まどひに

今朝の琴の返しならむと思して、「この扇は、我に賜ひなん。犬をこそ、参らすべかんめれ。京にあまたありつれば、取り寄せてこそ、そのほどに」とて、黄金(こがね)にて造りし犬の香箱(こうばこ)を賜はせて、「姉君に見せ給へかし」とのたまへれば、持て入り給へるを、母君、いとどあやしと思して、「我にも見せよかし」とて、取りて見給へるに、さればよ、昨日の琴の音をしるべにこそし給ふらめと思せど、気色を見えじと、もて隠し給へり。

姉君の方へおはして見せ給ひつれば、「我が物にせん」とて、取らせ給ひて、「この犬をこそ」とのたまはすれば、「我が言葉は違(たが)ふまじければ」とて、蓋を取りて見給ひければ、内の方に、 

別れつる    今朝は心の    まどふとも
今宵と言ひし    ことを忘るな

惜しくは思せど、人もこそ見めとて、掻い消ち給へり。 

母君は、忍びますらんも心苦しからむとて、右近を召して、
「今宵、殿の渡り給はんぞ。よくしつらひ給へ。行く末、頼もしきことにてあるなれば」とのたまはすれば、
「さればよ、今朝よりの御ありさまも、昨日の楽(がく)を弾き替へ給ひしも、心もとなかりつれば」とて、かくとも言はで、几帳かけ渡し、隈々(くまぐま)まで塵を払へば、
「蓬生(よもぎう)の露を分くらむ人もなきを、さもせずともありなん」とのたまへれば、
「蓬の露は払はずとも、御胸の露は今宵晴れなんものを」とうち笑へば、いと恥かしと思す。

以上である。

手紙(=和歌)のやり取りが、男→姫君→男で終わっているが、そのやり取りは、琴の箱→扇→犬の絵が描かれた香箱(=お香を入れる箱)と、いずれも道具を添えてなされていることに気づいただろうか。

幼い弟が話していることを聞いて、姫君の母親が、自分の娘と右衛門督が手紙のやり取りをしていることに気づいた。

そこで、母親は、召使いの女房に「右衛門督が今宵、自分の娘に逢いに来るようだから、迎え入れる準備をせよ」と言っているわけである。

かなり読解力を要する文章ではあるが、上流貴族の当時の縁談をうかがい知ることのできる文学作品である。

今で言うならば、国家公務員の男と、地方公務員の娘が結婚するようなものである。

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