自己に素直でありながら、互いにすがすがしい関係があると感じられることが、なによりです。
もう半年以上も前にMacに保存していたメモ。2021.1.19の日付があり「これまでの振り返り」と入力していました。
当時、思いつくままに、つらつら入力していたメモなのですが、あの頃はまだ「思考」が復活しだして間もない頃で、当時こうして書き出しておいてよかったなぁと、改めて思いました。
ここに書いていることは、今の自分の芯になっています。
時が経つと、こんな言葉はもう出てきづらくなってしまいますので、2021.1.19のメモを読んで、今感じていることをできるだけ書き出しておきたいと思い記しています。
1 かくのみにあるけるものを猪名川の奥を深めてわが思(も)へりける
かくのみにあるけるものを猪名川の奥を深めてわが思(も)へりける
ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の降るにや来ます幾許恋ふれば
これは、万葉集の相聞歌。この頃(古代)の人は、自分の気持ちを、互いの周りにある自然の動きや様子に重ねて伝えていました。この「猪名川」は私の故郷の川なので、私の中にも猪名川の風景が浮かんで1300年を隔てても気持ちをシンクロさせることができます。
「かくのみにありけるものを」こんな風に今の状態となってあるものを、「思ふ」というのは、自分の中に取り込んで感じることを自覚すること。それを猪名川の流れの奥が深まるように、相手の奥に分け入って「ありけるもの」を自分の中に入れて感じる。
この後の人生では、目の前にあることに対して、こんな風に向き合いたいです。
2 片向く 諸向く
万葉集に「諸向く(もろむく)」という言葉がでてきます。「傾く」の反対です。一方だけを向くのではなく、全方位を向く。どっちつかずというよりも、可能性をもたせながら両方へ同時に心を向ける感じ。
3 津の国は禊の国、最も大切で、清らかに流す (瀬織津姫)
・・・禊をすすめる女は他氏の女(他氏:王家ではない氏)
津の国(摂津国、今の大阪湾を囲むところ)の西宮に「廣田神社」というところがあります。阪神タイガースが毎年必勝の祈願をする神社ですが、
撞賢木厳之御魂天疎向津媛(つきさかきいつのみたまのあまさかるむかつひめ)という女神が祀られています。「向」(むこ)というのは「武庫」で「六甲」(むこ)のこと。「六甲」は明治以前は「むこ」と読まれていました。
廣田神社の戎社に、えべっさんの「西宮戎神社」があり、ヒルコ(蛭子)を祀っていますので、大和朝廷ができる以前のもっと古い時代に、茅渟(ちぬ)の海人たちの大事な場所だったのでしょう。
4 思兼神 おもいかねのかみ
日本の古い祝詞は、表現は一つであっても、その表現の目的および効力は複数的で同時に全体的。一つの言葉で、同時に3つも4つも意味を兼ねて表現しています。
日本の言葉は「どうにでも解ける」、古代の人々はそのことを尊いことと考えていたようです。でも、それは始めからのことではなく、段々こういうふうに兼ね思うようになってきたようです。(同時に複数の状態をもつことが量子コンピュータっぽい)
5 飽き性・多様性・無常性
「飽きる」ということと、どう向き合うか。
和歌(万葉集)は口誦の時点時点で、その時々の新たな感情にささえられて生きつづけてきました。
それを可能にしているのは、日本語が「思兼」の言葉だから。生きつづけるためには(飽きられないためには)、どうにでも解けるものになっている必要があった。だからそれが尊いものとされたのでしょう。
6 その時々で解釈をかえられるもの
その時々で解釈をかえられるもの → 山水画・禅庭 → エッセンスをすくい取ってあとは切り捨てる → 利休の方法 → 作り込みすぎないという方法
多義的→ 量子的
美意識・スタイルとは選び取る能力というより、捨て去る能力ではないか
7 起・創・縁
●兼ね思う量子コンピュータ【思兼神】 起の部分?
多義的なまま進められる、アジャイルに要件を設計していくツールとして、量子コンピュータが使えるのではないか(このことは、最近、技術的にまだ全然無理ということがわかりました)
●類推から仮説を導くAIコンピュータ【和漢朗詠集】 創の部分?
似ているもの探し。AIはまだ傾向値の分析段階?
異質なもの同士を似ているところを探してつなげる関係線が創造のタネになる
『和漢朗詠集』は和歌と漢詩を取り合わせていますが、その共通点の見出し方がありきたりでない。
●人間だけができる「感じる」(感情)【好奇心の芽】 縁の部分?
異質な不思議にたくさん出会える場所や環境に身を置くということ。
それは「外から来る」、「自分から外へ行く」が起こる場所でもあります。
奈良の明日香の磐余の訳語田(おさだ)は、大津皇子の家があったところで、この「訳語」(おさ)という地名には、帰化人の気配がします。漢詩と和歌を詠んだ大津皇子が、普段からそういった人々に囲まれていたことを暗示させてくれて、もしかしたら「長」(おさ)というのは、外国の言葉を理解できる人という意味があったのかもしれません。
8 事物に心を語らせる
和歌 → 抒情
漢詩 → 叙事
俳句 → 人・自然の叙事を詠みながら、抒情を呼び出すCallする
田一枚植えて立ち去る柳かな (芭蕉)
芭蕉が打ち立てた「俳句」は、叙事だけを描くことで叙情を詠みました。
それができるのは、日本語は動詞にフォーカスして主語は表現されないから。
9 森のバロック
あらゆるものが本質的なつながりを取り戻しているような森
一つ一つの生命が、自己に素直でありながら、それでいておたがいの間にすがすがしい倫理の関係が築かれているように感じる 【生命を内側から生きてゆく視点】
10 好奇心は、人の原始。 関係性を予感する心
うつ病からの復活への過程は、本を手掛かりに書いて書いて、好奇心(人の原始)をリコールRecallしていったこと。
本を手掛かりに、「関係の築かれ方の例」を知ることから始まって、そこから「関係性を感じる心」をリコールしていった。
関係性(かかわる、つながる、かかる)は、人のこととは限らず、世の中の事象や気持ちのつながりでもいい。・・・本にある、ゲームにもある
11 氏神(村の鎮守さま)のこと
国家の警察機能と個人の間にのクッションになっていた村の自治機能(氏神)が奪われると、個人は権力に直接触れ合わなくてはならなくなる。【生命を外側から生きてゆく視点になりがち】これは日本社会を荒んだものにするだろう。
12 ジョブ型の組織
大きい組織なればなるほど、人は部品になる(サイバネティクスとしての)。
企業が階層的構造から水平的構造に変化していってはいるが(ジョブ型のように)、それは一見(風通しが良くて)いいように見えて、実は権力(指令者)と対峙するたくさんの個人を生み出している。
※チームワークは小さな自治機能になっていて、企業の中でクッションになっているのかもしれない。
13 西洋形而学上の生物版(バイオロジー)
生物は、まずそれが自然界の中で精妙な機械(サイバネティクス)として作動している。その仕組みをあきらかにしようとした。(一般システム論)
一般システム論を極限的に徹底したのがオートポイエーシス論(曼荼羅に似ている)
14 オートポイエーシス
この考えをシステムとしてつくるとしても、どれだけの人がついていけるのだろう。膨大な前提条件と手数と処理と判断が必要で、超高速コンピュータでないと無理。
(でも似ている → 多次元DBの処理をRDBが超高速でやってのけたことと)
15 サイバネティクス
欧米は仕事内容を明確に規定するジョブ型雇用 → これは、リモートワークと相性が良く、コロナ下でさらに加速 → 必要な時だけに同階層の人たちだけで集まる社会(見知り合わない社会)→ 偶発性、縁が減少
自治っぽい(精緻な機械ではない)日本企業は、職務や責任があいまいなメンバーシップ型なので → 生産性向上のためにジョブ型に移行しようとしている。
※メンバーシップ型からチームワーク型への移行がいいのかもしれない
16 曼荼羅としての生命システム(東洋版)
・全体が、おたがいに本質的なつながりをもって活動している
・そこにおこるどんなことも、他と多元的なつながりをもってしまっている
・ひとつの出来事は、重層的な変化を生み出してゆく
・どんな変化も、複数の出来事を巻き込みながら進行する
↓ ↓ ↓
・ものごとは因果ではなく「縁」によってかたちづくられてゆく(起)
・多数の因果が交差することで「縁」が発生し想像的な「起」が生まれる(縁起)
・アート(Art) は「縁」。 カオスをもたらすのがアート。
・清々しさに向かうための課題を想起させてくれるのがアートだけど、一方で収集のつかない事態をもたらすかもしれない。
・異質な不思議同士が自然に出会い結びつく場所が必須(そこには多数の因果があるから)
・それが来ないなら、自分が動く・・「旅」は縁起を起こす方法です。
17 南方曼荼羅
・存在の世界は底がない
・世界は全体運動を行なっている
・「知る」ということがおそろしく複雑なプロセス
・人間の知性はたがいに異質な不思議同士が出会ったり、結び合ったりするところに関心をひきつけられる。
・そこに集合している事理の数が多ければ多いほどより早く、より簡単に、筋道を認識できるようになっている。
18 奇(くし)なこと
「わからない」「判断がつかない」ことの集合は、とても大事かもしれない。
それは「奇」(いままでにないこと)のもとになるから。
19 物(もの) + 心 = 事(言:こと)
*森のバロックより
心と物は異質なもので、心と物が出会うと事が起きる
<心界> 因果応報とは限らない
<物界> 因果応報
→ 重なるところに <事>
「事」(仕事)には「心」が含まれているので、「事」と「心」は分離不可能であり、「物」のように対象化して扱うことができない。
だから → 人や事(仕事)を対象化しようとしてはいけない → 対象化ではなく内側から見る → 内側から何を見る? → 本草学、感覚の論理学、神話学、アナロジーの論理、動物行動学、植物形態学、詩的思考
20 <詩的思考> 「やまとうた」(和歌)
詩的思考 → 心
心を詠う → 和歌(やまとうた)
事(仕事)は、見えない隠れた活動体(心)が関与している。
心は因果応報で動かない(原因に対する結果は決まっていない)ため、複数の可能性があって、私たちはその後の例を「言葉」で知ることでのみしか、その時の「心」のことは、わかり得ない。
やまとうたはひとのこころをたねとして『古今和歌集 仮名序』
心を知る → 和歌(やまとうた)
21 <本草学> 中国と日本の方法
単に植物の分類や体系づけをめざした学問でなく、植物や鉱物、動物世界の観察をとおして宇宙の中の人間の位置を実践的・実存的にとらえようとする学問。
・人間の感覚を位置づける(美しいと思うこと、哀しいと思うこと、嬉しいと思うこと、・・)
・観察とは・・それを「なさしている」感覚(心)を類推する
・「草」の「本」を観察からとらえる(それを「なさしている」気の動き?)
・本草学的な視点は、現代の構造人類学が学びとろうとしているもの。(レヴィ・ストロースの構造人類学)
22 <感覚の論理学> (科学とは異質)
感覚がとらえたものを感覚素材のままで論理化しようとする学。
感覚素材を数値化とか数式化しない(アナロジーの論理)
感覚がとらえたものを論理だった言語化をしないで感覚素材のまま(「らしさ」のまま)にしておく
・感覚のままにしておける人に対して、感覚がとらえたものを言語で論理化しようとする人。(リラックスしているときに、女には前者が多くて、男には後者が多いような気がします。そしてケンカの元は、だいたいここの違いから来ることが多いような気がします。)
23 <アナロジーの論理>
ある物の起源を、それと表面的な類似を持つ他の物に見ること。
・類似しているということは、そこに隠れている「心の働き」が同じであるということ
・心の働き・・魂とか神とかは「類似しているものに共通して潜む心の動き」。
★心のリハビリ・・・自分の中の「類推思考」をよびもどすこと
・類推することで、そこにある心の動きを追体験することができ、それによって、自分の心も真似して動くようになる
・興味の少しでもあるところをとっかかりに少しずつほぐしてゆく。私は「出雲と大和」がとっかかりになりました。
24 <神話学>
感覚の組織化の構造を探る学問。神話は感覚がとらえる具体の世界からくみあげた体験を組織化したもの。
・古事記に入っている様々な神のストーリー
・類推して擬人化
・感覚がとらえる具体の世界 → 動物行動学、植物形態学、薬物と毒物についての化学的知識、気象と生物生態の関係、胎生学 → 神話
25 西行から芭蕉へ
*「うつし」(移し)という日本の方法
道の辺に 清水流るる柳陰 しばしとてこそ 立ちどまりつれ (西行)
↓ 西行の「しばし」という面影を、芭蕉は「うつし」て
田一枚植えて立去る柳かな (芭蕉)
26 自己に素直でありながら、すがすがしい倫理の関係
【縁起を起こす】<縁起>
★偶然に身を置く(と)→ 異質な不思議と出会う(と) → 縁(好奇心)が芽生える(と)→ 起(トリガー)が生まれる
【因果を無くす】<無縁>
★属性をなくす(と)→ 先入観がなくなる(と)→ 片向きでない(と)→ 諸向きでいる(と)→ 多義的でいる(と)→ 可能性を保持したまま類推できる
☆偶然に身を置くと → 異質な不思議と出会う(と)→ 縁(好奇心)が芽生える(と)→ 起(トリガー)が生まれる(と)→ 外からの刺激がある(と)→ ☆属性をなくしていると → 先入観がなくなる(ので)→ 片向きでない(ので)→ 諸向きでいる(ので)→ 多義的でいられる(ので)→ 可能性を保持したまま類推できる(と)→ ★心が動く(自己に素直である)と → 外と内(自分)とを関係づけられる(と)→ 新たな感情が芽生える(と)→ 飽きない(と)→ いつも新鮮になる(と)→ ★すがすがしい倫理の関係を感じる
偶然に身を置き、自分の属性をなくすと、自己に素直でありながら、すがすがしい倫理の関係を感じることができる。
27 【何が生まれるかわからない】方法
異質な不思議に出会う → 感覚を諸向きに発動する(自己にすなおである) → 対にして対角線をみつけ和漢朗詠する(すがすがしい倫理の関係)
*生き物としての人の、本来の姿
28 【目的が決まっていてその通りに実現するようにする】方法
選択と集中 → 目的 → 分割 → 分担(ジョブ型)
*人をサイバティクス化しちゃう
29 量子コンピュータ
量子コンピュータとは、量子力学を計算過程に用いることで、理論上は現在のコンピュータに比べて圧倒的な処理能力を持つとされる、次世代のコンピュータです。
世界でさまざまな企業・研究機関が開発を進めていますが、いまだ理論上の性能を完全に満たす技術は確立されていません。
理論上の性能を完全に満たすためには、「量子状態」という状態、つまり「状態が0か1のどちらかに確定しない」という「重ね合わせ状態」と「確率振幅」を機械的に実装しなくてはいけないからです。
<重ね合わせ状態> 仮定・可能性のままの状態。多義(2つ)状態
<確率振幅> どちらかの状態であるかの可能性を確率で表現する
現代のAI(人工知能)は、古典コンピュータに、脳機能を模した数理モデル「ニュートラルネットワーク」を実装したもので、量子コンピュータではありません。
ハードとしての(機械的に実現する)量子状態は、壊れやすくて「量子ビットによるゲート状態」を長く保つのはとても難しいのです。
【量子コンピュータと親和性の高いもの】
■化学の世界
物質の分子や電子は量子力学の原理で動いている。
■無意味なビット列が必要な世界
セキュリティ強化の分野、量子通信ネットワーク(AIの分野)、量子センサー、量子インフラなど。
■因数分解や検索ルート
量子コンピュータは重ね合わせの原理を使って多数の計算を並列化し、その無数の答えを出す波同士を干渉させて正しい答えの確率を増幅して答えを出すため、集まる事理が多いほど、より早く、より簡単に、筋道を認識できる。
*集まる事理が多いほど、より早く、より簡単に、筋道を認識できるという見方は「南方曼荼羅」と同じ。
【量子ビットによるゲート状態】
①量子ビットを量子状態にする <0と1の重ね合わせ>
②量子状態にある量子ビットをもつれさせる <量子もつれ>
*古典コンピュータのゲート
・ANDゲート
・ORゲート
・NOTゲート
*量子コンピュータのゲート
・アダマールゲート(0と1を重ね合わせる)
・位相回転ゲート(重ね合わせたまま複素数の位相だけ回転。虚→実、実→虚)
・C-NOTゲート(一方にNOTをかけるかを相手が決める)
・スワップゲート(量子ビットのAとBの状態を入れ替える)
など
※これは「六十四編集技法」とよく似ている
【ゲート方式量子コンピュータ】
ユニタリ行列の掛け算マシン *ユニタリ:可逆
*組合せ爆発に耐えながら(爆発を感じながら爆発させないで)計算をすすめる
【量子コンピューティングと線形代数】
ユーザ(プログラマ)の立場では、線形代数さえ分かっていれば、ゲームのルールは理解でき、量子コンピュータを動かせるようになる。
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