「書いて見ました。」と書いてありました。
先日、桜舞い散る九段下から神保町まで歩いて地下鉄に乗りました。
神保町のメトロの入り口の隣に「中国図書」と書かれている古本屋さんがありまして、端正な店内の様子に惹かれて入ったところ、こんな本を見つけました。
『西はどつちー國語變遷の一つの例ー』柳田國男著(甲文社)
「西はどつち」という背表紙の言葉がひっかかったのがきっかけです。確か、沖縄では「北」を「にし」と呼ぶと聞いたことがあったので。
そうそう「どつち」というのは「どっち?」で、「どこの方?」という意味ですが、関西弁かもしれません。そういえば、柳田國男は兵庫(飾磨:兵庫の南西部)の人でした。
この副題が「国語変遷の一つの例」となっていることと「西の方角」のことの関係がわかりませんが、著者が柳田國男でしたし、謎めくところが興味を引いて買い求めました。
本は、ざら半紙のような紙で昭和25年の発行。戦後5年ぐらいの当時の出版界の状況が偲ばれます。
印刷所の場所は、京都市下京區西洞院七條南。
京都駅北の東本願寺の手前の通りが七条通り(東西)で、西洞院は駅の西の下京区総合庁舎の前の通り(南北)ですので、京都駅からは目と鼻の先。
そんな場所で印刷されたのですね。それが、昭和25年3月5日のこと。
出版社の甲文社は東京と京都に会社があったようなので、戦後5年経った頃に、頻繁に東海道本線を行き来したのでしょう。京都駅からすぐ近くのこの印刷所でのやりとりが、ちょっと想像できて嬉しくなります。
当時の東海道本線は、昭和23年(1948年)にようやく急行列車が復活し、翌年の昭和24年に日本国有鉄道(国鉄)が発足して、戦後初の特急列車「へいわ」が運行開始した頃。「へいわ」という名は、愛称の公募によって翌年の昭和25年(1950年)1月には「つばめ」に改称され、蒸気機関車も新型のC62形が牽引しましたので、この本が印刷された3月には、東京と京都の間を9時間かけて「つばめ」が繋いでいました。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/5/5b/JNR-C62-2.jpg
*C62 2の「スワローエンジェル」(つばめ)マーク。
東海道本線で特急「つばめ」を牽引したあかし。
*京都駅の西にある梅小路機関区(現在の京都鉄道博物館)でC62 2は健在です。
それにしても裏表紙に印字されている「定価 ¥200.(地方賣價 ¥210.)」というのはどういうことなんでしょう。10円の差額は運搬費とかの経費の差なのでしょうか。これでは都会と地方では、情報へのアクセスコストの格差が。。。
ああ、だから書籍には再販制度(再販売価格維持制度)があるのかもしれない。
「日本国中どこでも、同じ本なら同じ値段」というのは、いろんな方面(特に業界)からブーイングがあったに違いありませんが、戦後に日本が立ち上がるにあたって「知」を手に入れる機会やコストが平等になった意味はとても大きかったのではないかと、改めて思いました。
そして同時に、市場競争を促す規制緩和が格差社会を引き起こしてしまうわけもわかるような気がしました。
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というわけで話が逸れていますが、この本は戦後の間もない頃に、これからの「子供の国語」について、戦前から柳田國男が考えて来たことが書かれている本のようです。
戦後とはいえ、まだ漢字の表記も簡略されていない旧字のままですので、漢字の姿と意味が直結しています。
そこで、この本の前書きを読みましたら「書いて見ました」という言葉をみつけましたので、なるほどと思い、書き記しています。
パソコンで「かいてみた」と入力して変換すると「書いて見た」とでてくることがあります。そんな時いつも「見た」を「みた」に変えていましたが、本当にもともとは「書いて見た」なのですね。
そうか、「書いて」+「見た」、つまり「書いたことを、私は見ましたよ」ということ!
「見た」という言葉の中に「実現させた」という状況がすでに説明されているのですね。そして、書いた本人が一番最初の目撃者ですよ。というわけだったとは。。
そんな風に、「書いていた」とか「書いてあった」とかも、
「書いて居た」・・・誰かが書く動作をして(そこに)居た
「書いて在った」・・書かれた文字が(そこに)在った
ということであって、現代の文字表記よりも旧字のほうが、よりリアルにきめ細やかに実状を伝えていたことがわかります。
これは、漢字だけでなく旧仮名遣いにもいえることのようです。
『旧かなづかひで書く日本語』萩野貞樹(幻冬社新書)
といふわけで、あの柳田國男が「書いて見た」と書いてゐましたので、これからは「書いて見た」「やって見た」とか「行って見た」とか、といふ文字を使つて見たいなと思ひます。
そして『西はどつち』なのでしょう。
読んで見ませう。
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