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読んでた本📚ハイエクHAYEK📚不確定と不確実と予測不能を認めて生きる!
自分のnote記事って絶望的にテーマの一貫性がない・・・
相場系のつぶやきは、共感や同意を全然得られない自信があります。私は個別銘柄や金融商品を推奨する気は一切ありません。しかし、自分の脳内整理を兼ねて、ときどき考え方をひと様に晒すことで客観的視線を意識しつつ、まとめることににしてます。もちろん相場に興味ある人、全然ない人、いろんな立場の人に読んでいただけると面白いので、どうぞよろしくお願いします🦌
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私の原理原則中心軸は
マックス・ギュンター
チャーリー・マンガー
ナシーム・ニコラス・タレブ
の思想と姿勢です。
この人たちの本や言葉はほんとに何度も読み直して、ノートや手帳に書き倒して自分のものにしていくことを繰り返しています。
多分この中でいちばん有名なのはマンガー。世界的投資家ウォーレンバフェットの右腕または参謀と言われていた人。バフエットより年上にしてバークシャーハサウェイの二番手。事実上はバフェットのブレーキ役というか世話役というか、バフェットをして「不愉快なノーマン」と言わしめた、ほとんどすべての提案と機会にノーという男なのです。 無駄なことしない合理的冷徹さ! いや~ 私は理想屋の大将の横にいる、こういうリアリストの番頭みたいなひとに対してとても評価が高いんですけども それは置いといて。
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これが脳内構成物って言いたいんですが、
ポパーはレベルがついていけませんでした・・・
小前亮の小説の素晴らしさはそのうち叫びたい。
この人たちに大きく影響を与えてきたのはハイエク(Freideich August von Hayek)。経済学者だけれども、哲学者的な面も強くあります。
あらためてこの、巨人ハイエクを読んでました。
多分これを遡る始祖の巨人はポパーとかヒュームとかになるんでしょうが、私はちょっとポパーを読む脳が今はなさそうでした。
ちなみに「隷属への道」は私が無理なマネタリスト フリードマンが序文書いてて、逆宣伝・・・もー 序文は読んでません🦌
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ハイエクの主張は、人によっては全然受け入れられないと思うんですが、
とりあえず今回、「隷属への道」の要点抽出。
・形式的ルールは目的や人間を選ぶものではない。誰によってどう使用されるかは前もって知りえない。
・どれ(誰)がよいものを生み出すかを、事前に予測することができない。
・選択の多様性が未知の世界への発展を保証する。
・何かを犠牲にすることが、必ずしも報われるとは限らない。
・計画や理想の押し付けは、その予測不能性を否定するものである。(計画は不可避的に、人々に意図的な差別をつけることになる)
・物事は幸運(セレンディピティ)に任されざるを得ないというのは、民主主義の代償である。
・結果の平等を追求すること(持って生まれた差異の解消)は、自由を破壊する。
・平等は法と機会の前にあるもので、例外設定は自由を棄損する。(カントの「他の誰に従う必要もなく、ただ法律に従えばいいというときにのみ、自由である」は正しい。)
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多くの人は努力と結果は比例関係にあるって信じたい。
でも、現実はそうではない。
成功した人はその運を軽視して、成功できなかった人を努力の不足と説教するけど、果たしてそうだろうかといつも疑問に思います。
特に相場屋は運や不確定要素の大きさ、いわゆる自分の努力や管理の外側にあるもの、未知の未知を認めないと負けると思う。正しいやり方をとっても、損を出すことは何度もあります。でも相場は確率の勝負なので、正しい手法で複数回やっていれば益を出せるはず。おそらく人生のいつでも言えることとして、正義がいつも勝つわけではないんですけども、それは正しさの追求(または努力)の放棄とは繋がらないです。
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持って生まれてないものは、どうやったって伸ばせない。もともと種が植わってないんだから。だから生まれつきの差異は永遠に解消されない。重要なのは「自分が今ここでもっているもの」を開花させられるかどうか。教育も知識を後から付加するものではなくて才能を引き出すものでしかない。ないものを追うのは無駄で、あるものを大事にした方がいい。
私は、「絶対ないは絶対ない」予測不能を認めたうえで、機械的判断とか、迅速な行動とか、合理性とか、そういうものに即して無駄を排して相場に入ってたいと意識しているんですけど、何よりも無駄なものは「羨望」と「他人のゲームに巻き込まれること」だと考えてます。
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私か?
お読みいただきありがとうございます。
高い気温が続いていますが、皆様どうぞご安全に~🦌