香久山から八木駅へ 「お前はお前で丁度よい」
しばらくまえ、梅の季節の奈良県橿原市でのことです。
どうしても雑な散歩連想にしかなりませんでした。
大和三山のひとつ、香久山のあたりに行ってみました。
昼過ぎに橿原市内 八木駅で所用があるので、午前中はこのあたりをぐるぐるしようと試みたのです。
しかし実は、この辺りに行くと、私は方向感覚が狂います。
大和三山はそれぞれ
畝傍山が蘇我
香久山が尾張
耳成山が物部
という説があります。自分にとっては、香久山が尾張ってとこだけは、それなりの説得力があると思います。(たとえば、いまも愛知県には香久山地名があるだとか)他ふたつはまだちょっと、膝を打つ感じには至っていないです。
持統天皇の
春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣干すてふ 天の香久山
は陰謀の歌という説もあるけど、その説は自分はあまりぴんときません。
?香久山を竜王山というのは、わたしはここで初見な気がします。
香久山は、山に入る道がいくつかあって、自分の思っている方角にうまく行けないのです。なので周辺をぐるぐる登ったり下りたりしてしまいます。ひょっとしたら迷う道でもないのに、磁場?が自分と合わないのかもしれません。スピ系の人間でもないですが、合わない土地とか、呼ばれていない時、というのは、あるのだと思ってます。
香久山をでて、藤原宮を眺めに平地に戻りました。藤原宮まで行くときも少し迷いました・・・山を下りた時に、立ち位置がわからなくなったのです。
藤原京から道なりに西に歩くと、大和ぼけ封じ!「おふさ観音」。
ここらはもう迷いません。
おふさ観音をあとに、今井町の方へ。
こちら今井町は、ちょっとした景観保護地区なのですが・・・
・・・保護解除したら、ほぼ私の育ちの地域になるなと思ってしまいました。私の郷里は文化圏的にも交通網的にも繋がるところなので、不思議はありません。橿原市には何かと親近感と既視感があります。香久山はゆうて多武峰だからうまくいかないのか・・・?とか適当なことを考えました。
今井町は飛鳥時代から交通の要所であったようです。江戸時代に至っても宿場や商業都市として発展。
そ・・・して、このまま北へ北へ、八木駅に向かったのですが、駅前商店街がシャッター街に・・・大阪も名古屋もここで乗り換え、という近鉄特急的にかなりの立派駅なのですが。(奈良県に新幹線は通っていません。近鉄特急が最速です。)
橿原市ご当地キャラの名前も、さららちゃん。
41代持統女帝(うののさらら)は中大兄皇子(38代天智天皇)の娘にして、大海人皇子(40代天武天皇)の姪にしてその皇后。大友皇子(39代弘文天皇。天智天皇の息子)と大海人皇子が争う672年壬申の乱では、大海人皇子の側で戦って勝利します。父の遺志と異母兄弟を封殺したという見方もあります。
そんなこともあり持統さん(さららちゃん)の歴史的評価や好き嫌いは分かれるようですが、ここ橿原では蘇我氏同様に、大切にされていると感じます。わたしも好きです。
ちなみに、これが大陸版大奥残酷物語「大紅灯篭高高掛」の予告版にしてダイジェストです。音楽と色彩は鳥肌たつほど恐ろしく美しいですが、私はホラーかと思うような展開の恐ろしさのほうにに慄いて、まともに見られません・・・(震)