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「夏物語」 川上未映子

第一部 2008年 夏

 

その人が、どれくらい貧乏だったのかを知りたいときは、育った窓の数を尋ねるのがてっとりばやい。

p.10

という書き出しから始まる。そうなんだと思い、小学生時代のことを思い出すと窓の数は少なかった。安い家賃のアパートには、必要最低限の窓しかなかった。洗濯を干すための窓、あるいは換気に必要な窓ぐらいだっただろう。窓があることよりも、荷物を壁にくっつけて置き、生活するための空間を確保することの方が重要だったように思える。
 
 この書き出しにつながる女の子の存在が最後に出てくるとは思わなかった。たった三日間の出来事がこれだけ細く描写され、自分の経験から想像して読める小説だった。夏子が姉と姪と会うことで、懐かしい出来事が想起され、それが今の夏子の思想に反映されていることがよくわかった。
 
 登場人物の過去が、現在を生きる登場人物の判断基準を作っているのだなと思った。登場人物の過去を知らないと、なんでそんな卑屈な考え方しているの?何でそこではっきりと言わないの?何でそこは触れずにいるの?とかたくさんの疑問が出る。しかし、過去のトラウマを知ることで、夏子がどのような思考で生きているのかがよくわかった。

 それから、ところどころに緑子の日記が挟まれている。この緑子の葛藤にとても共感できる。自分の思っていることは、言葉にし、文字で書き起こすことはできる。でも、それを人に伝えようとする時は、うまく言葉が出てこない。いつもは思い浮かんでいるのに、出てこない。自分の思っていることがスラスラと素直に出てくる人を羨ましく思う。
 言うのを我慢しているのではなく、思っていることをしゃべっていないのだ。話しながら、あれ?反対のことを言っているなとか伝わっていないと気づいてしまう。また、それが家族だとややこしいい事になる。近しい関係だとよりややこしいのだ。この現象は何なのだろうか。誰にも分からないぐらい複雑な心情なのに、近しい人間には、何となくこういうことだろうと分かった気になられるからだろうか?

 巻子と緑子のその後も是非知りたいものだ。三日あっただけで、夏子はたくさんの懐かしい出来事を思い出したので、疲れただろう。こういう時は、別れた二日後ぐらいに妙に寂しい気持ちになるものだ。巻子と緑子の関係が良好であるならば夏子もそれほど疲れないだろうか?いや、巻子から亡くなった家族の面影を見ているからきついだろうな。

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