【読書ノート】『桜の樹の下には』
『桜の樹の下には』
梶井基次郎著
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」というのが、冒頭の一文。
詩のような不思議な文章なのだけどね。
桜の樹は何故美しいのか?
①桜は、美しさとは?
1. 一過性:桜の花は一週間程度しか咲かないので、その儚さと短命さは人々に感動を与える。これは「モノのあわれ」という日本独特の美意識と関連がある。
2. 自然の美:桜は自然界からのプレゼントであり、その自然体であることが美しさを感じさせられる。自然は常に変わることで知られ、その変化を楽しむこと自体が美の一部とされる。
3. 文化的背景:桜は日本文化に深く根ざしている。古来からの詩歌や文学、芸術に描かれ、季節の変わり目や人生の象徴とされてきた。その文化的背景が、桜の美しさをさらに引き立てている。
②「死体」と「屍体」の違いは?
1. 死体:これは一般的に医学的、法的な文脈で使われ、中立的な表現になる。死亡した人の身体を尊重する意味合いを持つ。
2. 屍体:こちらは比較的古めかしい言葉や文学的な表現で使われる。この単語はしばしば犯罪や怖い状況で使われ、不快感、恐怖感を伴う。
桜って、「人生」を指しているのだと思う。桜の樹の下には、死があるのだけど、その死のエキスを養分として、桜は、美しく咲く。
そして、散っていく。
本書の主題は何か?
まさに、村上春樹が、よく扱う、
”生きることと死ぬることは、ある意味では等価なのです。”(タイランドの
”死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。”(ノルウェーの森)
死は生の延長線上にあるということなのだろう。万物が巡って移り変わる様子を見れば、この宇宙には消えてなくなるものなど存在せず、すべてが栄枯盛衰を繰り返していることがわかる。滅びると思っているものも、どれも実際には「変化」しているだけにすぎない。我々もこの世にふたたび戻ってくるのだから堂々と立ち去ればよいのだ。
梶井基次郎は、肺病で、死に向かってひたすら生きる人生を辿っていたなか、たどり着いたことなのだと思った。
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