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silent 8 解釈: 偽善、自己満足、まごころ

でも僕が選ぶ言葉が
そこに託された想いが
君の胸を震わすのを 諦められない
愛してるよりも愛が届くまで
もう少しだけ待ってて

Official髭男dism「Subtitle」


 第7話の最後に想(目黒蓮)が紬(川口春奈)を抱きしめて、紬の「好き」が伝わったかに見えた。しかし、想は声で話さない理由を説明し、「もう少しだけ待ってて、聞かせたいことあるから」と、言葉では「好き」と言い返さない。想に振り回されてしまう紬のそわそわした感じから第8話は始まった。

紬の伝わらない愛

 いつもの喫茶店で紬と想がその日のデートの予定を決めているとき、紬のバイト先の後輩・田畑(佐藤新)と偶然出会う。紬が田畑のことを手話で説明すると、想と田畑は会釈を交わすが、田畑は明らかに戸惑った様子を見せる。
 店を出た後、想は「ごめんね」「一緒にいるの恥ずかしいよね?」と紬に話しかける。紬は驚いた様子で「え、思ってないよ」と返す。想は「一緒にいるの大変でしょ」「迷惑かけることもあるし」「手話で話すの疲れるでしょ」と続けるが、紬は「楽しいよ」「ないよ、ないない」「ううん、疲れない」と全部否定する。それでも納得していないような想の表情を見て、紬は自分の態度に原因があったのだろうかと「ごめん、私なんか、そういう態度とってた?」「ほんと、全然大変じゃないよ、迷惑なことなんもないよ」と伝えるが、それでも想は曖昧な表情で「分かった、行こう」と言うのだった。
 デートの次の目的地に歩いていく二人は並んで、手を繋がずに並木道をカメラから遠ざかっていった。画面の縦に伸びる並木とビルに車道の線が交わるように右下から中央に走る。電線が横方向に走り、その下をくぐるように二人が画面の奥へ歩いていく。二人のはるか上には青い空がビルに隠されて小さな三角に切り取られている。silentは概して構図がかっこいいが、中でもこの場面は画だけで感動してしまうくらい構図が"エモ"かった(個人的に)。
 紬は手話教室の授業が終わったあと、「手話疲れるって思ったことありますか?」「なんか言われて、その、疲れるでしょって」と想とのことを春尾先生(風間俊介)に相談をする。第5話で湊斗(鈴鹿央士)に振られたときも、紬は「伝わらないもんですね。普通に声で話せるんですけどね」と自分の「好き」が湊斗に伝わらないという相談をした。想とよく会うようになった今、紬は「一緒にいたくているだけだし、手話も話したくて覚えただけ」という気持ち、つまり好きだと言う気持ちが伝わらないことを春尾先生に相談する。紬の愛情はなかなか、言葉の通り、行動の通りには受け取ってもらえない。
 そんな紬を見て、春尾先生は「どうしたら良かったんですかね」と自分の過去を思い返す。

春尾先生の伝わらなかった愛

 春尾先生は奈々(夏帆)と昔の知り合いだった。就活を有利に運ぼうとボランティアを行っていた春尾は、パソコンテイクを担当したのをきっかけに奈々と知り合う。パソコンでのやりとりは授業中でも怒られることはなく、二人は親しくなる。奈々のニコッという笑顔に一目惚れしたような形で、奈々に教えてもらいながら春尾はみるみる手話が上達し、奈々と冗談を交わせるほど親しくなった。奈々がいじるようなボケを言い、春尾がそれにユーモアを持って言い返す様子は、奈々と想の会話にも通ずるものがあった。
 研究室の後輩を通じて、奈々を生きづらくさせる視線を目の当たりにし、春尾は奈々を喜ばせたい、役に立ちたい、少しでも生きやすい世の中になってほしい、ただずっとニコニコと笑っててほしい、と思い、手話を聴者に広めようと手話サークルを作ろうとしたり、手話通訳士の資格を取ろうと努力する。その様子を見て、奈々は憤る。奈々は、春尾が手話サークルを作ろうと集めた聴者の人々を指して「遊び道具みたいにされて、不快だった」「あの人たち、手話に興味があるんじゃない。良い人って思われたいだけ」と春尾に怒りをぶつける。春尾は「そんなことないよ。みんな善意でやっていることだよ」と反論するが、奈々は「善意は押し付けられたら偽善なの」「仕事にしてほしくて手話を教えたんじゃない」と反論を許さない。立ち去ろうとする奈々を春尾が追いかける。
「そんな怒ること?桃野さんのためになると思って」
「いいよね。私といると無条件に良い人って思ってもらえるもんね、ヘラヘラ生きてる聴者からはさ」
「そんなつもりじゃないよ」
「どう受け取るかはこっちが決めることだから」
 売り言葉に買い言葉で、最終的に春尾は思っている以上のことを口走ってしまう。
「わざわざ手話で話すの、すごく疲れる」それを聞いて奈々は「授業サボるんじゃなかったな」と泣きながら立ち去る。
 春尾先生は最初の授業で紬の質問に対する返答で「初めから出会わなければ良かった、この人に出会わなければこんなに悲しい思いしなかったのにって、思いません?」と授業で問いかけることがあった。ここではきっと、奈々のことを思っていて、奈々の「授業サボるんじゃなかったな」を言いかえた言葉なのだろう。
 一方、奈々はこのときも自分が教えた手話を、プレゼントを使いまわされた気持ちだったのではないだろうか。奈々は自分と話して欲しくて春尾に手話を教えた。しかし、春尾はそれを周りの聴者に広めようとしている。また、それを悩んでいた就活を終わらせる手段にしようとしている。そんなふうに受け取ってしまい、春尾に好意を持っていた奈々は、自分が利用された気持ちになってしまったのではないだろうか。
 
 「言葉は通じるようになったのに、顔を見て話せるようになったのに。押し付けた善意で終わった。」
 春尾先生のモノローグの通り、春尾先生の愛は伝わることなく、押し付けた善意=偽善と捉えられて、終わってしまった。

ただ横にいたいっていうだけの自己満足

 紬は父の命日にあわせて、久しぶりに実家に帰る。父の好きだった栗ご飯の話題から、母・和泉(森口瑤子)が父が入院していた際の思い出を語るとき、紬は想とのことを重ね合わせて、母の意見に同調する。父も毎日見舞いに来てくれる母に対して、大変だから、迷惑かけたくない、と想が紬に言ったことと同じようなことを言っていたらしい。
 「いたくているだけなの、ほんと分かってくれない」という紬の言葉に母・和泉は同意し、「ただ横にいたいっていうだけの自己満足なわけよ。大変だから、迷惑かけたくないからって言われても、それじゃ納得できないよね」と話を落ちつける。紬はきっとこの言葉で、どこか開き直ったような、「ただ横にいたいだけ」で良いんだと背中を押されたような気持ちになれたのではないだろうか。

言葉だけでは伝えきれない、物に託す親のまごころという自己満足

 その会話の後、紬は想に「久しぶりに実家来た!佐倉くん最近帰った?」とメールを送る。母(篠原涼子)が心配していることを知りつつ、実家を避けている想は複雑な表情を浮かべながら、紬に返信をする。
 想のことを話した翌日、紬は実家から東京の家に帰る。帰り際に持ちきれないほどの作り置きの料理などの土産を持たされ、笑いながら、「実家から帰るときに荷物増える現象そろそろ名前ほしいわ」とこぼす。母は「親のまごころ。言葉で伝えきれないからさ、物に託すの」と答える。実家から帰るときに増える荷物は「押し付けられた善意」と名前をつけることもできるだろう。しかし、荷物を持たせる親からすればそれは言葉だけでは伝えきれないまごころであり、受け取る方からしても親の愛が伝わっていれば、それは偽善ではなくまごころとして受け取れる。
 おそらく本当の善意はすべからく自己満足だ。新約聖書でも同じようなことが説かれている。善意を伝えようとした途端に、あるいはそう見えた途端にそれは偽善になってしまう。自分の中で完結して他人に伝わる必要がないというのが自己満足だ。善意がそのような自己満足であることが伝わるという矛盾した状況でだけ、善意は偽善ではなく「まごころ=愛」として伝わるのだ。「愛してるよりも愛が届くまで」には一つの言葉によってではなく愛が伝わるような根気強いコミュニケーションが必要なのかもしれない。

自己満足を受け取る準備

紬の母が1週間くらいお見舞いに行かなかったとき、お父さんから「今日は来ないの?」と毎日メールが来るようになったらしい。「お父さん会いたいんじゃん」「何それのろけ話?」と笑う紬だったが、実は想も同じだ。大変でしょ?迷惑かける、と言いながら、紬から「次いつ会える?」とLINEが来ると「いつでもいいよ、次いつ休み?」とすぐに返信する。「久しぶりに実家きた!」とLINEが来たときも、すぐにLINEを開く。光(板垣李光人)に背中を押されて母の手料理をおすそ分けしようと、おそらくその日に紬が誘えば、ちゃんと食べに来る。想も結局、会いたいのだ。でも、以前と変わった自分が迷惑をかけているのではないか、大変なんじゃないかという不安が拭えない。紬の自己満足を自己満足として受け入れる準備がまだできないなかったということかもしれない。
 紬は意図的にか無意識にか、母のように家でご飯を食べさせるという行為や持たせようとした物に託して、まごころを伝えようとする。さらに「話したかっただけ」「食べて欲しかっただけ」と、他に含みがない、自己満足だと言うことを強調して伝える。そうして初めて、想は安心したような顔で「分かった」と返事をするのだった。
 そうして、想の冗談に紬が冗談で返すという8年前のような会話が戻った。図書館で話していたら笑い声を男の子に注意されてしまうような、「うるさい」会話がとても喜ばしかった。

 紬から母のまごころの話を聞いた想は、たぶん、母・律子の心配をまごころなのかもしれないと受け取る準備ができたのではなかろうか。第7話で、律子の心配は「自己満足だよ」と妹・萌(桜田ひより)から指摘されていた。もちろんそれは自己満足なのだ。そべての善意は自己満足なのだから。      

 その善意が押しつけられているように感じ、迷惑なこともあるだろう。そこに含まれている、「愛してる」という言葉では伝えきれない「愛」に気づくためには、自己満足を受け取る準備が必要なのかもしれない。

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