神社 のち とんかつ屋さん
昨年末のインフルエンザ罹患から尾を引いていた妻の体調がようやく回復してきたため、やむなく先延ばしになっていた初詣にようやく行くことができました。近所には神社や祠が思いの外沢山あるのですが、鳥居が人目につきにくいところにある寺社が多く、今回参詣した伊豆美神社も妻が健康増進を兼ねて近所を散歩している時に偶然発見したのでした。
こんもりとした木々に囲まれていて、鳥居で一礼をし参道を進むと、小さなキツツキ(コゲラ？)が梢の方でさかんにトントントンとかわいい音を立てて細い梢をついばんでいるのでした。ところが、張り詰めた冷気の中でとても小さな温もりを感じてじんわりそこで佇んでいる間も、妻はずんずんと歩みを進めており、手水舎で手を濯ぎ終わっているようです。
あわてて妻に追いつき、拝殿にて初詣が遅れたことをお詫び申し上げ、昨年夏にこの地に移り住み恐らく２～３年お世話になる見込みであることを報告、世界平和と家内の健康・安全を祈願し、ようやく夫婦揃っての神様への新年のご挨拶を済ませることができました。妻は早くも若干疲れてしまったのかベンチに座り始めてしまったので、私は例によって一人で気ままに境内の散策を進めると、意外にも井伊直弼の偉業を称えた墓碑が建てられておりました。
江戸時代に和泉村の一部が井伊家世田谷領であったことなどから、開国を成し遂げた井伊直弼の功績と井伊家に儒学者として仕えた小町雄八の遺徳を伝えるものだとのことです。不勉強で、井伊直弼については安政の大獄とその後に起きた桜田門外の変といった断片しか知らないのですが、この墓碑を見ると建立に至った知られざる背景が偲ばれ、もう少し深く勉強した方が良いのかも知れないと思いました。
その帰り道、晩御飯のビーフシチューを作るためにとデミグラスソースを買いにスーパーに寄った時のこと、スーパーのカードにチャージをしに行った妻の様子がおかしくなっていました。聞くと、チャージ機に行こうとしたら横入りされた上、一遍に希望額をチャージすれば良いのに、千円ずつ小分けにチャージする嫌がらせ行為をされて腹が立った、「遅いから他のチャージ機に行く」とその人物に聞こえよがしに嫌味を言ってやったわよ、とのこと。
余程腹が立ったのか、家に戻った後もしばらくどころかいつまでたっても気分が直りませんでした。こういう時はなだめてもすかしても、同情しても諭してもどうにもならないことはわかっているのです。若い頃はこんな時、すぐに放ってしまうか、いい加減にしろと一喝して一刻も早く終わらせようとするかのどちらかだったのですが、世の生き辛さをよくよく知ることとなり、激情に任せて行くところまで行くという気力体力もなくなったおじさんは、只々寄り添うしかありませんでした。
夕飯の時間は刻々と迫り、恐らく今からシチューを作るのは現実的ではないと判断した私は「とんかつ屋」に行こうと妻に唐突に切り出しました。何故とんかつ屋と言ったのかは自分でも良くわからないのですが、幸いにも妻はこれに反応したため、私は素早く食べログを検索して美味しそうな店に当たりを付けました。
４、５駅先にあるその店はちょっとした路地裏にあり、それ程大きくはない印象を受けていたため、前を行く３人の若者が先に入ってしまうのではないかと冷や冷やしました。店の戸を開けると、２人テーブルと４人テーブルにぽつりぽつりと若い男女が一人ずつ、それぞれとんかつが揚がるのを待ち遠しそうにしている他は席が空いており、我々夫婦二人は無事入口近くの４人席のテーブルに納まったのでした。
奥からはピチピチと細かい油の弾ける音が、薫り高いにおいと共に我々の食欲をそそります。じっくりメニューを見た末に、私は店一押しの特々スペシャルロースかつ定食と大瓶ビール(後に店員さんに特々スペシャルビールセットとなることを教えられ得した気分に)、妻は特ヒレカツ定食を注文しました。奥の調理場からは、先客である若者たちのために用意していると思われる、リズミカルな千切りの音、とんかつを断つサクサクという音、お味噌汁を用意する音などが聞こえます。
我々は用意してくれた２つのコップに瓶ビールを注ぎ合い、何気ない、しかし確かなプロの技を予感させる小気味よい音、こじんまりして整理の行き届いた調度、そして何より飾り気のない、しかし温かく落ち着いたおもてなしの空気に満たされました。いつまでも続いて欲しい日本の文化です。
とんかつ屋に行く前の行き場のない妻の感情、これは無かったことにはなりません。しかし、それはそれとして、夕飯に、こうして美味しいプロのとんかつを頂けるというのは本当に有難いことです。妻の選んだふわっと落ち着いたヒレカツは、きっと明日への確かな活力になる筈です。ご馳走様でした。
伊豆美神社
とんかつ とんとん