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現代詩入門 吉野弘 を読んで

 祝婚歌の〈正しいことを言うときは〜〉の句が印象的だった吉野弘さん。母方の実家、山形県出身の詩人ということもあり、気になっている。

「漢字喜遊曲」 吉野弘

母という字は
舟に似ている。
すこし傾いた小舟のよう。
愛の荷物を積みすぎているせいでしょうか。

辛いという字は
幸いに似ている。
似ていて違うのがつらい。
何という一文字を知れば
幸いになれるのでしょう。

〈略〉

 子育てが重荷と感じる日は、自分が「舟」だからと思おう。辛いときは何という一文字を知れば幸いになれるのか、と思おう。

 
「生命は」      吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻(あぶ)の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も  あるとき
誰かのための虻(あぶ)だったろう

あなたも  あるとき
私のための風だったかもしれない

 詩人の目は、芙蓉の花のめしべとおしべの長さが揃っていないことから、〈生命の自己完結を阻もうとする自然の意志が感じられないだろうか〉と見抜き、こんな素晴らしい詩に結実させる。こんなふうに思えると、世界は楽しい。彼のような名詩人でも、推敲をくり返し、同じ詩でも手が加えられて変化している。謙虚に学ぼう。

母という字は舟に似て愛を積む








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