大自然の理法に感嘆する〜『雪を作る話』
◆中谷宇吉郎著『雪を作る話』
出版社:平凡社
発売時期:2016年2月
科学者の手になる名随筆といえば、まずは誰もが寺田寅彦の名を想起すると思われますが、中谷宇吉郎は寺田の門下生にあたります。本文中にも何度か寺田の名が出てきます。サイエンスの道のみならず、文筆の方面でも弟子は師のあとを継いだといえるでしょうか。
中谷が物理学者としてどの程度の業績があるのか私は詳しいことを知りません。もともと電気火花の研究をしていましたが、北大理学部に着任直後には雪の研究に没入していたらしい。戦前の1935年に常時低温研究室を作り、翌年には人工雪の製作に成功したとあります。
人工雪も天然雪も同一の結晶であることを確かめられたときの中谷の述懐は味わい深いものです。決して自慢口調にはならず、むしろ自然への畏怖の念がにじみ出るところが素晴らしい。
……人工雪も矢張り雪であった。低温室の片隅においてある簡単な硝子管の中でも、大自然の理法は、その中に吹雪の天空を再現してくれることもある。これも天の恵みの一つであろう。(p65)
かと思えば、北海道の戦後開発をめぐる一文などはピリリとスパイスがきいています。もちろん安全な場所から政治に論及するばかりではありません。たとえば科学の発達は、原子爆弾や水素爆弾を作ることを可能ならしめましたが、今後再び核兵器で無辜の人間が殺されるようなことが起った場合、科学者の責任をどう考えるべきか。中谷は書きます。
……それは政治の責任で、科学の責任ではないという人もあろう。しかし私は、それは科学の責任だと思う。作らなければ、決して使えないからである。(p157)
科学は政治とどのような関係を切り結ぶべきなのか。この古くて新しい問題に対する中谷の態度は明快です。
冬の寒い日に温かいコーヒーでも飲みながら読むのに恰好の一冊といえるでしょう。